~怒り~
現世での学校の昼休み、一年生の階にいる先生に提出物を出しにアズ、ではなくめぐみは中央道を歩いていた。
みんな女子も男子もそれぞれ追いかけっこをしてワーキャーと声を上げ、床が突き抜けるんじゃないかと思うくらいの足音を立てて走り回っていた。
みんな元気だなぁ…
中央道の壁のクラス目標や修学旅行の写真を眺め、自分のクラスの階に戻ろうとしたそのとき―
ヴォオラァ!
今までのじゃれあう声と大きく違う、脅す声が中央道に響き渡った。
その声は展示のすぐ近くにある男子トイレからだった。
アズは展示物を見るふりをしながら男子トイレのあの声に耳を澄ませた。
恐ろしい声の中にはあざ笑うような声も混ざっていた。
そして時折聞こえるおびえた男の子の声。
男子の集団はトイレの端に固まっていて入り口からも少し制服が見えた。
「やめろ やめてよ、やめろって!!」
男の子が抵抗するたび男子の集団は大声で騒ぎ壊れたように笑いだす。
それだけではない、今度は男子の集団が全員でその男の子を殴りだした!
生々しい肉を打ちつける音が何度も何度も繰り返し聞こえてきた。
あまりにも耐えられないその状況にアズは自分のことのように強い怒りを感じた。
衝動に駆られ、今すぐ男子の集団から男の子を助けようとした。
しかし
―向こうの世界で余計なことをしないように―
あの学年主任の言葉を思い出し足を止めた。私はあくまで人間の情報を政府に伝えるためだけにここにいる。
そんなことはわかってる、止めれば男子の集団は今度は私をターゲットにするだろう。
そしてまたあの男の子にやったように脅し、あざ笑うだろう。
自分の正体もばれてしまうかもしれない。
なら、どうしたらあの男の子は助かる!?
どうしたら男の子からあの妬ましい集団を遠ざけることが出来る!?
何か方法があるはず…
男子トイレから大量の水がまき散らされる音が聞こえた。
そして再びあざ笑う声が響き渡った。
さっきより一層大きく、おかしそうに…!
我慢の限界だ!
アズが男子トイレに向かって口を開け叫ぼうとしたその時、巨体の男性の体がズカズカと止めに入っていった。
男子の集団とは比べ物にならないほど大きな声が聞こえてきたかと思うと、あっという間に男子の集団がバラバラに散っていった。
止めに入ったのは野田ノブヒサ先生だった。
そして後からあざだらけになった体中ビショビショの男の子も出てきた。
男の子はそんな状態でありながら心配する野田先生に遠慮した態度を取り、大丈夫です…大丈夫です…と言い、そのままアズの真横を通り過ぎてしまった。
そして駆け足で階段を下りて行った。
アズは中央道の真ん中で固まってしまっていた。
五時間目のチャイムが鳴り響く。
「めぐみー五時間目始まるから早く教室に戻りなさい」
担任の先生は何もなかったかのように私の仮の名前を呼んだ。
《陛下、最近は現世での生活や人間の行動に慣れてきてしまっているのであまりこれといった報告がないままです。毎日同じような生活を淡々と暮らせるほど現世は安定していて平和なのでしょう。…》
アズはいつも通り報告書を書き終えたが、まだあの男子トイレでの事件が頭から離れなかった。
放っておこうと思えば放っておけたと思う。
でも、どうしてもあの場所から離れられなかった。
自分の無意識のどこかであの男の子を見捨ててはいけないと言っているようだった。
あの時、私は本当に何もできなかったのだろうか?
いい方法が見つかっていれば、自分の手で助けられたのではないか?
あの男子トイレの前で無力に立っていた自分のやりきれない悔しさが残った。
《…陛下、人を助けるってどうゆうことですか?》
報告書の最後にアズはそうつづった。