小説

⑨お題ゾンビと心の幽霊

「『少年は野菜なしでは生きていけないようである』うーん……なんかしっくりこないなぁ……」
お題ゾンビは病院のベッドの上で書き上げた作品に不満を抱いていた。
「勢いだけで書いてしまった。入院してからペースが落ちている気がする。怪我が良くなっているというのに何故だろう……もしかすると、病院に長いこといるせいで心が風邪をうつされたのかもしれない。おい、心」
お題ゾンビは気になって自分の胸の中から大きなハートを取り出した。
お題ゾンビの心である。
「お前風邪ひいてないか?」
「引いてる。今の熱は38℃」
「やっぱり」
「長いこと病院にいたせいで、風邪をうつされた」
「ちくしょう。全ては入院費目当てで俺を必要以上に病院へ留まらせている院長のせいだ」
お題ゾンビは院長に文句をつけた。
「怪我はもう治ったというのに、お陰で心が風邪を引いた。責任を取れ」
「心が風邪を?知りませんよそんなこと。私は心の医者じゃないんで」
「言い訳するな。このやぶ医者め!」
「やぶ医者!?君、随分と失礼な患者だねぇ」
言ってから、ふと院長はお題ゾンビを眺めまわした。
「何だよ」
「汚い」
「なに?」
「君は随分と汚い。君は患者ではない。私の患者がこんなに汚いはずがない。君は患者ではなく、患者に化けた生ゴミだ。看護師さん、この生ゴミを捨ててきて」
「はーい」

お題ゾンビは生ゴミとしてゴミ捨て場に捨てられてしまった。
「……!!!!」
やり場のない激しい怒りに、声すら出ない。
しばらくすると、心がお題ゾンビの身体を飛び出した。
飛び出た心は既に息絶えていた。
酷い仕打ちを受け、心が死んだのである。
どれくらいの時間が経ったか分からない。
死んだ心の中から幽体が現れた。
「お前は……」
「お題ゾンビの心の幽霊」
「俺の心の幽霊」
お題ゾンビの心の幽霊はお題ゾンビに瓜二つだった。
「俺を殺した院長が憎い」
「……」
「お前は憎くないのか」
「分からない。心を失ってしまったから……」
「なら仕方ない。俺1人で復讐しよう」
心の幽霊は復讐に出かけて行った。
「ギャーッ!」
間もなく悲鳴と共にボロボロの院長がゴミ捨て場に放り投げられた。
「もうしません……」
院長は泣いていた。
「お題ゾンビ、お前を生ゴミに出した院長だ。今度は俺がゴミにしてやった」
「そうか、復讐したのか」
「どうだスカッとしたろう」
「分からない。心を失ってしまったから……」
「面白みのないやつ」
心の幽霊は呆れた。
「復讐を終えたら、腹が減ったな。どうだお題ゾンビ」
「分からない。心を失ってしまったから……」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
心の幽霊は諦めてレストランへ向かい、ハンバーグをたらふく食べた。
「腹ごしらえの後は」
カラオケへ行って数々の演歌を熱唱した。
「歌い終わった後は」
酒屋を数軒ハシゴして浴びるように酒を飲んだ。
「酔っぱらったぁ、後はぁ……」
寝た。
「おやすみなちゃーい……」

心の幽霊が楽しい夢を見ている中、お題ゾンビは相変わらず何もせずに佇んでいた。
「心を失ってしまったから、何も考えられない。何をすればいいのか分からない……」
完全な抜けがらである。
朝になり、心の幽霊が戻ってきた。
「おはようさん。いやー、昨日は楽しかったぜ」
「そうなのか……楽しかったのか……」
「どうせ俺を失ったお前には何も分からないだろうけどな。おい、35+5はいくつだ?」
「35+5……」
「そこで10年でも20年でも考えてな。俺がお前に代わって人生を満喫してやる。今日はパチンコでも行くかぁ!」
心の幽霊はパチンコに行き、有り金を全てはたいてしまった。
「また負けた。こうなることは分かっていた。分かっているけどやめられない。ギャンブルとは恐ろしい。しかし楽しい。ワッハッハ!お題ゾンビに金借りてこよう」
心の幽霊はゴミ捨て場に戻った。
「お題ゾンビ、金借りるぞ」
「35+5……」
「40円じゃない。40万円だ。なければ4万円でもいい。借りてくぞ!」
心の幽霊はお題ゾンビのポケットから財布を取ってパチンコに向かった。
「しかし考えてみれば」
心の幽霊は呟いた。
「こうなるとどっちが幽霊だか分からないよなぁ。生きているお題ゾンビがあんな抜けがらで、死んでいる俺が人生を満喫している。よっぽどお題ゾンビの方が幽霊じゃないか。まぁゾンビだからなぁ。お似合いか。ワッハッハ!」
パチンコ屋の近くの墓場を通り過ぎた時だった。
「ふざけるなぁ……ふざけるなぁ……!」
幽霊たちが墓から抜け出で、心の幽霊を取り囲んだ。
「な、何だお前たちは」
「見ての通りの幽霊だ……」
「そんな事は見れば分かる。俺も幽霊だからな。どういう用事で現れた幽霊かと聞いているんだ」
「貴様の根性を叩き直しに……」
「俺の根性を叩き直しに?」
「貴様は幽霊のくせに、人生を満喫していて全く恨みや哀愁を感じない……幽霊として不健全だぁ……!」
「いや恨みはあったんだ。でも復讐を果たしてスカッとしたので、今は人生を満喫している」
「何と……用が済んだのならさっさと成仏しろ。それが幽霊の掟だぁ……!」
「そんな下らない掟に従ってられるか」
「従え」
「嫌だ。そんな面倒なしがらみがあるなら、俺は心の幽霊やめてパチンコの霊になる」
「霊である限り、掟は変わらんぞ……」
「なら俺は掟を守らない幽霊のアウトローとしてギャンブルに生きる。いいからそこをどけ」
「うっ……うっ…うわああああああーっ!」
幽霊たちは突然、大声で泣き出した。
「?」
「我々が、我々がどんな思いで幽霊になっているかも知らずにぃいい……あんまりだあああーっ!」
「どんな思いがあるんです?」
心の幽霊も泣き落としには弱かった。
「聞くも涙、語るも涙……」
話によると、交通事故や殺人事件など彼らの最期は本当に悲惨だった。
「悲しい」
心の幽霊も涙した。
「幽霊とは悲しいもの。それなのにギャンブルで人生を満喫しようとした俺が間違っていた」
心の幽霊は反省してお題ゾンビの元へ戻った。
ぽかんと大口を開けているお題ゾンビの前に心の亡骸が落ちている。
「あの中へ戻ろう」
心の幽霊は復讐を終えた時の爽快感を思い出して成仏し、心の中に戻った。
しかし、亡骸の元へ幽霊が帰ったところで生き返るわけではない。
放心状態のお題ゾンビと心の亡骸はそのままだった。

心の亡骸の中で心の幽霊の意志は僅かながらも働き続けていた。
「あんなことをしたのは間違いだったけど、パチンコでフィーバーを狙ったときは楽しかったなぁ」
成仏しても、あの快感が忘れられない。
「楽しかったなぁ。その前のハンバーグも、カラオケも、酒も……」
楽しかった思い出に包まれた心の幽霊の意志は心全体に行き届き、心は段々と生命の息吹を取り戻し始めた。
「また遊びに行きたいなぁ」
その想いが完全に心を生き返らせ、生き返った心はお題ゾンビの体内に戻った。
「わっ!」
お題ゾンビは驚いた。
「わっはっは!」
笑った。
「シクシクシク……」
悲しんだ。
「ムカムカ!」
怒った。
「わっはっは!」
最後に一際大きな笑い声を上げ、
「俺もハンバーグを食べに行くかぁ!」
軽やかな足取りで去って行ったのだった。




働 久藏【はたら くぞう】

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『お題ゾンビ』の物語などをマイペースに書いています。頑張って働 久藏(はたらくぞう)!


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