小説

⑪バキューマンの野望

その平凡な主婦は、今日も平凡な買い物を済ませて平凡な我が家へ帰った。
「ただいまー」
「おかえり」
「えっ、誰?」
子供は学校、夫は会社のはずである。
そこにいたのは金の仮面に銀のマントをまとったヒーローだった。
「天がつかわした生ける正義の掃除機・バキューマンとでも呼んでもらおうか」
「掃除機のヒーロー?うちを掃除してくれるの?」
「ああ。この家は汚い。掃除してやろう。この家を汚すもの……そう、お前をな!」
言葉と同時に、バキューマンの拳が主婦を捉えていた。
「ど、どうして私が……」
「お前は鼻の形が悪い。1つでも醜い所がある者は、正義の裁きを受けよ」
その後、子供は顔が悪いと、夫は声が悪いという理由で一家揃ってバキューマンの魔拳を受けた。
「平凡だがなかなか良い家だ。今日からここを私のマイホームとしよう。そうと決まれば、早速ゴミ出しだ」
一家はゴミ扱いを受けて外へ放り出された。
「私たちはゴミじゃないよっ!うわーん!せっかくのマイホームがあー」
その様子を見て、激しく怒りに震えるものがいた。バキューマンの作者・お題ゾンビである。
「バキューマンめ、やはり好き勝手なことを……こうなったら、最強の刺客を送り込んで奴を倒すしかない。奴を倒さなければ、平和なコメディも訪れないんだ。我が子を倒すようで気がひけるが、これも作者の定め。誕生!バキューマンキラーの皆さん!」
お題ゾンビのかけ声と共に、原稿用紙の中から5人の屈強な男が現れた。
「バキューマンをやっちゃってください」
「やっちゃってきます!」
屈強な男たちがバキューマンの部屋に上がり込むと、中から物が壊れる音が響き渡った。
「バキューマンキラーの皆さんが頑張っている」
やがて、傷だらけの5人が家から出てきた。
「バキューマンが出てこないという事は……きちんと始末してくれたかな?」
お題ゾンビは期待のまなざしを込めたが、
「すんません。きちんと始末されちゃいましたぁ……」
5人は揃ってバタバタと倒れた。
「バキューマンキラーの皆さんは頑張っていなかった」
「頑張ったのは私だ!」
「その声は、まさか……」
案の定、バキューマンがお題ゾンビの前に立ちはだかっている。
「化け物ゾンビめ、やはりお前の差し金か」
「そ、そうなんだ……実は俺の差し金なんだ……」
お題ゾンビはバキューマンの強さを思い出して震えたが、
「いい加減にしろ!お前のやっていることは正義じゃない。ただの迷惑行為だ!」
作者としての責任感を取り戻した。
「醜いものの言うことなど誰が聞くか。この世を美しいものだけで固める。それこそが正義だ。消え失せろ!」
バキューマンの投げ技で、お題ゾンビは遥か遠くへ投げ飛ばされた。
「ひょえーっ!」
お題ゾンビが投げ飛ばされた場所では、楽しげな祭りが行われていた。
「この平和を守るためにも、あいつを何とかしないと……」
その目線が、一人の女性に釘付けになった。
「あの人は!?」
目を見張るような美女である。
「ぽわーん」
お題ゾンビは恋に落ちてしまった。
「でも、バキューマンの言う通り俺は醜い。とても恋なんて……」
うつむくが、
「いやいや、何も両想いだけが恋じゃないんだ。こうやって静かに彼女を見つめるだけでも……」
気を取り直し愛を込めて彼女を見つめると、
「ぎえーっ!」
彼女の美しい顔がいつの間にか凶悪な目つきに鋭い牙を生やした怪物に変わっているではないか!
「や、やっぱり俺はゾンビ。恋した女も化け物か……」
女は顔に手を当てた。
「口から火でも吹くのか?」
しかし女の顔から怪物のものが剥がれ、再び美しい顔が覗いていた。
「あれっ?」
それはお祭り屋台の怪物のお面だったのである。
「何だ、そういうことかぁ……あんな美人でもお面をつけただけであんなに恐くなれるんだから凄いよなぁ……ん?そうか、ひらめいたぞ!」

バキューマンは醜い人間を120人ゴミに出して満足していた。
「醜いものを排除する私は美しい……」
「そこまでだ、美しいバキューマン!」
お題ゾンビが再び立ちはだかる。
「これはこれは、醜いお題ゾンビ。またやられに来たな?」
「それはどうかな?来たれ、雨雲!」
お題ゾンビの呼び声で、バキューマンの頭上にお題ゾンビの作った雨雲が現れた。
「降れよ、睡眠薬の雨!」
「お、おのれ……こんなこけおどしが……ねむねむねむ……」
バキューマンは睡眠薬の雨の直撃を受け、深い眠りに落ちた。
「この隙に!」
お題ゾンビは何やら細工をしたようである。

「ふあーあ……よく寝た……」
数時間経過し、睡眠薬の効果が切れたバキューマンが目を覚ました。
「……いや、違う。『よく寝た』のではない。『よく寝せられた』のだ!あのゾンビめ……」
「よく寝せられたバキューマン!」
「お題ゾンビ、貴様!」
「これを見ろ、今のお前の姿だ」
お題ゾンビはバキューマンに鏡を差し出した。
「こ、これは!」
そこに映っているのは美しいバキューマン……ではなく、醜い怪物である。
お題ゾンビはバキューマンが眠っている間に怪物のお面を剥がれないように取り付け、視界が見えるよう細工したのであった。
「私がこんな醜いはずはない!これは何かの間違いだ!」
「本来ならこんな醜い姿になるはずはなかった。しかし、お前に捨てられた醜い者たちの怒りが怨念となってお前の顔に宿り、お前も醜い姿となったのだ」
「ううむ……そうだったのか……生ける正義の掃除機・バキューマンは醜い者を全て排除する。それは私自身とて例外ではない……さらば、この世よ。御免!」
一声叫ぶと、バキューマンは壮絶な自爆を遂げた。
「うまくいったな……だけど、自分の作ったキャラが死んでしまったという事実……やりきれない。うう……」
お題ゾンビは大いに泣いた。

後日、お題ゾンビの依頼でバキューマンの葬式が行われた。
「生みの親として、もっと愛情を注いでやりたかった……」
お題ゾンビは悲しんだが、
バキューマンの被害者である葬儀の参加者たちは喜んで飲み会を始めていた。
「何と心無い奴らだ……これではバキューマンが浮かばれない……」
お題ゾンビは思わずバキューマンの墓に涙を流した。
するとバキューマンの幽霊が現れ、
「俺は現世で醜く死んだことであの世では美しい幽霊となったのだ。そんな濁った目から流れる汚い涙で私の墓を濡らすな!」
お題ゾンビに電撃を浴びせた。
「ギャーッ!」
この世には、関わってはいけない厄介な存在もいるのである。

働 久藏【はたら くぞう】

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『お題ゾンビ』の物語などをマイペースに書いています。頑張って働 久藏(はたらくぞう)!


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