歩き出してから30分ほど経過した。「ポペラヒルク」に向かって左側には林、右側には広大な畑が広がっている。先ほど自分たちが降り立った厩舎はもうかなり遠い。汗をかくほどではないが普段からデスクワーカーの僕にとってその距離はとても長く感じた。「神」は黙々と歩き続けている。
「あ、あと、、、どれくらい、、、ですかね、、、?」
息をきらしながら声を振り絞るように聞いてみた。
「そうだな…あと2kmくらいだろう。」
彼は相変わらずの口調で言った。
「に、、、2km、、、?」
思わず口にでてしまった。さっきまで空中を高速で移動していたのに、急に徒歩1時間ほど歩かされるはめになっているのだ。なぜ、さっきの移動方法で「ポペラヒルク」まで行かないのか… 僕は疑問で仕方なかった。しかし、この疑問をそのまま彼に問うのもどうかとも思った。なんの理由もなくこんな距離を歩かせるわけがない。
僕は考えた。今まで普通に関わってきたが彼は仮にも「神」なわけで、「この世界の秩序」を守らなければいけない立場ではないのだろうか、と。現実世界で「神」という存在は曖昧な部分が多い。神話などで語り継がれていることはあるが、彼のように「実際に存在していると認知できる」状態の神を僕は見たことがない。もし、そのような「秩序」がこの世界にもあるのなら、この世界の住人(土界人)に姿を見られてはならないのではないだろうか。そう考えると一番、納得がいく。
結局、彼には聞かずその解釈でおさめておいた。そういえば、まだ一度も「土界人」に会っていない。というか、今のところ人の気配をまったく感じない。「土界人」とはどういう風貌なのだろうか… 僕たち「空人」と同じようなのか、もしくはまったく違う姿なのか…。
「あの、、、土界人は、、、どういう見た目をしてるんですか、、、?」
相変わらずの息づかいの中、質問した。
「見た目…か… 彼らは君たち「空人」と同じ見た目だ。」
それを聞いて安心した。見た目が違えば変に目立ってしまうかもしれないからだ。知らない世界で目立つようなことは絶対に嫌だった。彼は続ける。
「そして、皆とても純真な心を持っている。「空の世界」にある「嘘」という概念が、彼らにはないのだ。」
なるほど…それは僕にとってはとても有難いことだ。現実世界の「嘘にまみれた社会」の中で生きていくことに、僕は限界を感じていた。だから、人との関わりもあまり持ちたくはなかったのだ。
「正直者が馬鹿を見る」
…そんな言葉があるくらい、現実世界を正直に生き抜くのはとても難しいことだった。社会人になると、直接何かを言われることは少なくなる。間接的、遠回しにじわじわと僕の心を追い込んでくるのである。そんな卑しくよどんだ環境を生きていく中で、僕の「自尊心」はすっかり衰弱してしまった。まさに「真綿で首を絞められる」ような気持ちで日々を過ごしていたのだ。「嘘」の概念がないということはそういう気持ちにならずに済む、ということだと思う。
もちろん、なんでもかんでも思ったことを直接言うということは、それはそれで良いことばかりではないが。少なくとも、僕個人はそっちの方が明らかに楽なのだ。だから、「今までとは違う感覚で人と関われる」という希望が見えた。
「そっか…よかった…。」
僕は小さく呟いた。彼は僕の呟きに気づいたのかどうか分からないが、少し間をおいて続けた。
「それから、彼らは私のことを「神」と認識していない。」
少し違うが、先ほど自分が立てた仮説と似たようなことが彼の口から出てきた。「それはどういうことですか?」という僕の心内を読んだかのように、彼は、続けて補足を始めた。
「正確には「この大陸の人々」にとって私は「神」ではない。」
ますます分からない。彼は説明を続ける。
「この世界には私以外に6人、つまり私を含めて7人の「神」がいる。」
また一つ、凄く重要かつ壮大な内容が淡々と明かされた… 驚く間もなく話は続く。
「そして、この世界には4つの大陸が存在している。「ポペラ」、「エオリ」、「カコル」、「ニムレ」。これらがそれぞれの大陸の名前だ。ちなみに、ここは「ポペラ大陸」だ。」
学校であればテストに出そうなほど重要な内容だ。つまり、上空から見えた景色はこの世界の「ほぼ半分」が見えていた、ということになる。胃もたれしそうなほど超濃厚な話はまだまだ続く。
「それぞれの大陸にはそれぞれ1人、「神」が就く。そして、どこの担当も持たない残りの3人は他4人の補佐、並びにこの世界全体を管理し均衡を保っている。」
なんと壮大な話だろう。まさに絵に描いたような「神話」である。
「私はその中の「担当を持たない3人」の一人だ。」…
小説
土とともに #6(この世界の実状)
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