ここで突拍子もなく始まった重要な話の一区切りついたようだった。僕は正直全てを呑み込めてはいなかったが
「ここで黙ったままでいると彼がまた重要な何かを話し始めるかもしれない。だから、とにかく気になったことを素早く聞かなければならない」
と思ったのだった。
「質問です。この世界には「信仰」という概念はあるのでしょうか?さっき、「この大陸の人々にとってあなたは「神」ではない」と言っていましたが。そして、「各大陸の神々」は各々の大陸の人たちにどう認知されているのでしょうか?」
気になることはまだまだある。ただ、その全てを一気に聞くのは無理がある。聞いたところで、自分が理解できるかはわからないからだ。彼は少し考えて答えた。
「うむ。ではまず、「信仰」という概念はある。ただ、この世界の信仰は「空の世界」とは基準が違う。そして、それを詳しく説明するには、先に「我々がこの世界の人々にどう認知されているのか」について答えなければならない。君の言う「認知」とは恐らく、「人々に姿を見せているかどうか」ということだと思うのだが、合っているかね?」
「あっ、はい。合ってます。」
ここにきて初めて「こちらの意図を確認をする」ということをしてきたので、少し戸惑った。彼は続けた。
「それではそれを念頭において回答するが、我々は認知されている。細かく言うならば「各大陸の担当の神たち」は認知されている。私を含む、「担当を持たない3人」は正体を隠し、他4名の補佐をしている。そして、各大陸を担当している「神たち」はその大陸の人々とほぼ同じ生活を送っている。会話もするし、土を耕したり家を建てたり、この世界の発展に影響する全てのことを彼らと協力して行う。そうやって人々の生活に溶け込むことで良識を広め、悪がはびこることを防いでいるのだ。なにせ彼らは「純粋」そのものなのだからな。」、、、
僕は後半の内容に違和感を感じた。まるで「別の何か」と比べているかのような、そんな気がした。
「そして君に一つ、お願いしたいことがある。」
突然彼はそんなことを言い出した。お願い?彼からそんなことを言われるなんて予想だにしなかった。
「君が「空人」であること、この世界に「空人」がいるということは彼らには隠してほしいのだ。というよりも知られてはならないと言った方がいいか。」
「なぜですか?」
僕はとっさに返した。僕の頭は疑問でいっぱいだったからだ。「土界人」が「空の世界」と「空人」を認知しているのなら、僕が「空人」だと知ったところで何か変わるのだろうか?先ほど「純粋な彼らを悪から守っている」といった発言をしていたが、もしかすると「空人」はこの世界の人たちにとってあまり良い存在ではないのかもしれない。「純粋な彼ら」が「空人」と関わることで、この世界の秩序が乱れる、といった考えなのだろうか…?
そういった疑問が滾々と湧き出てくる。これ以上考えると頭も文面もぐちゃぐちゃになる。彼は少し考え、口を開いた。
「それは一言で伝えられるほど単純なものではない。詳しい話は「ヒルク」に到着してからだ。」
そういうと彼は急に早足になった。多分、道端で話せるような内容ではないのかもしれない。僕は彼の速度に合わせて早足で歩きだした。彼は早足の中、「信仰」の話を再び始めた。
「先ほどの「信仰」についての話に戻るが、彼らにとっての「信仰」とはだれから「学」を得るか… つまり、「どの神の教えを尊重するか」が基準になっている。「各大陸の神」ごとに教えは若干異なる。基本はみな同じなのだが、その先… 派生的思考回路が異なる。」
「は、ハセイテキ、シコウカイロ…?」
聞いたことがない言葉に思わず戸惑う。
「簡潔に説明するのなら、「得意分野が異なる」とでもいうべきか。」
「あぁ、なるほど。」
ここまでの話を聞いてこの世界について新たに理解できたところは多い。しかし、疑問点は尽きない。
「「信仰」についてはあらかた分かりました。次の質問をさせてもらいますが、この世界は大陸間の交流はあるのでしょうか。さっき、「どの神の教えを尊重するか」という言葉でなんとなく交流しているような雰囲気を感じたのですが…」
「うむ。そうだな… 「交流」というより「交易」と言うべきことなら行っている。ただ、全ての大陸が他の全ての大陸と交易を行っているわけではない。例えをだすのなら、ここ「ポペラ大陸」はこの大陸の北側に存在する「ニムレ大陸」とのみ交易を行っている。この世界では、「空の世界」でいう「国」が「各大陸」にあたる。」
なるほど…そういう考えなのか。
「そして、各大陸それぞれに特徴がある。その詳細を説明していきたいところだが…」
と、話半ばなところで彼は急に口をつぐみ立ち止まってしまった。なぜ彼が急にそのようなことをしたのか、僕はすぐには理解できなかった。
「ここでは話せない内容なのだろうか…?」
急な沈黙に戸惑っている僕の心内を読んだのか、彼は無言で「向こうに見ろ」という視線を送ってきた。彼が向けた視線の先には人影が見えた。どうやら「ポペラヒルク」方面から人が近づいてきているらしい。
僕はやっと状況を理解した。さきほどの話の内容は、「土界人」に聞かれてはまずい。だから彼は口をつぐんだのだ。ここは一度、黙る必要があるようだ。僕は静かに頷き、彼に状況が把握できたことを伝えた。これは、初めての「土界人」との遭遇になる。僕は、「自分の正体が気づかれないか」とか「本当に自分と同じような見た目なのか」といった不安で心臓が有り得ないほど鼓動していた。そして、向こうから来た「人」は僕たちの目の前で止まった。
「どうも、ごきげんよう。」
第一声はそんな挨拶だった。声は若い感じがした。編み笠を被り、陣羽織のようなものを身にまとっている。そして、大きな荷車をひいていた。ぱっと見た感じ、20代後半~30代前半に見える。
「どうも。」
「神」は慣れた感じで言葉を返した。
「ど、どうも…」
僕もおどおどしながら「神」に続いて返事をした。
「あんさん方…なかなか見ぃへん風貌やけど、「ヒルク」へ向かってるんやなぁ?」
「彼」はそう聞いてきた。「京都弁」のようななまりがある。
「あぁ、そうだ。」
「神」は淡泊に返した。
「やっぱしそうかい…ほなあんさん方も「市場安売り」でここまで来たん?僕はそれで来たんやで」
「市場安売り」?何か大きな安売りイベントが行われているらしい。「ポペラヒルク」が「都市」だと聞いている僕は「市場」という単語に違和感を感じた。僕の中で「都市」というと、高層な建築物が立ち並び、冷徹な人が多く、どこか「無機質」な感じがする。
「市場」というのは、そんな無機質なイメージからかけ離れた言葉だ。人々は明るく活気にあふれ、そこかしこから元気な声が響いてくる、それが僕が思う「市場」だ。この二つが混ざっている状態を僕は想像出来なかった。だからこその違和感だったのだ。そんな僕の考えをよそに会話は進む。
「そうか、もうそんな時期か。すっかり忘れていたよ。」
「なんや、ほな違う目的で来たん?」
「あぁ、古い友人に会いにな。」
「へぇーそうかい。若いお兄さんもおんなじ?」
「えっ、はい。そうです。」
僕はとりあえず「神」に合わせた。
「そうかい。まぁ今は人がぎょうさんいるさかい、気ぃつけてや。」
「ありがとう。気を付けて向かうよ。」
「ありがとうございます。気を付けます。」
優しい人だな~と思った。「土界人」は皆、こんな感じなのだろうか。「土界人」との初めてのやり取りを乗り切り、僕はすっかり安心していた。「彼」はこちらに会釈をし歩き始めた。僕たちもまた会釈をし歩き始めた。僕は「神」に続くかたちで一歩を踏み出した。
しかし、「彼」は僕の横で急に立ち止まった。僕は「えっ?」と思い顔を「彼」の方へ向けようとした瞬間、「彼」は耳元に顔を近づけ囁いた
「(特にあんさん気ぃつけなー、「違う世界から来たら何かと大変だと思うし」。)」
僕は全身がビクッとした。
「(この先、また会うことがあったらその時は僕にできる限りのことをさせてもらうで。)」
と言って「彼」は顔を離す。そして、「ほなね。」と一方的に別れを告げると、何も言えない僕を横目に僕たちが来た方向へ去っていった…心臓がバクバクしている。
なぜ「違う世界」と言ったのか?「違う大陸」ならまだ分かる。今までの話からして、「土界人」たちは「空人」のことは知っていてもこの世界に「空人」がいるなんてことは知らないはずだ。さっき「神」からも「自分の正体をばらすな」と忠告されたばかりだ。「彼」は重要な何か知っているのかもしれない…僕は底知れない不安を感じた。「神」は無言で歩き進んでいる。彼は今の出来事に気づいたのだろうか?僕は急いで彼の後を追った。「ポペラヒルク」の入口はもうそこまで近づいていた。
小説
土とともに #7(編み笠を被った謎の男)
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