ここ最近、世の中は平和だった。
あるレストランで会計が行われている。
「お代はこちらになります」
女性店員が食事を終えた客に請求額を提示したその時だった。
「お題だぁ……?お題……お題をおくれぇ……」
窓を突き破り、不気味なゾンビが現れた。
「キャーッ!」」
客も店員も不気味な怪物の出現に恐れをなして逃げ出していく。
「まぁて……お題を……お題をおくれぇえええ……!」
「助けてーっ!」
「助けてだと……?助けて欲しいのはこっちだぁ……お題をおくれぇえええ……」
異形の苦しみは、誰にも理解してもらえない。
男はかつて、現実世界を生きる作家志望の中年男性だった。
話のお題を求めて彷徨い歩くうちに物語の世界に迷い込んでしまい、雷に打たれて哀れな姿・お題ゾンビになってしまった。
良いお題が見つからない限り、彼はこの地獄から永遠に抜け出せられないのだ。
「また誰もいなくなってしまった……」
お題ゾンビはフラフラともぬけの殻となった調理場を訪れた。
「人生は虚しい」
目前のフライパンの上には、美味しそうなハンバーグが湯気を立てていた。
「いっそ、ハンバーグにでもなってしまいたい」
空きのフライパンに身を投げかけるが、
「ゾンビのハンバーグは不味い」
思いとどまって一人去っていくお題ゾンビだった。
「俺は完全にお題ゾンビとして生きる自信を失ってしまった」
お題ゾンビは土手に寝転び呟いた。
「お題ゾンビとしての自信を失った俺は、お題強盗として生きていこう」
お題ゾンビは目を閉じてイメージした。
マスクとサングラスで顔を隠したお題ゾンビが、銀行に押し入り拳銃を突き付ける。
「金を出せ!……ならぬ、お題を出せ!」
震えあがった銀行員たちは、寄せ書きメモに次々と話のお題を書いていく。
「ヒッヒッヒ。お題が来るわ来るわ」
「よし、今からの俺はお題強盗だ! 銀行へ押し入り、犯罪してやる!」
お題ゾンビならぬお題強盗は早速マスクとサングラスのスタイルで銀行へ来たが、
「金を出せならぬ……」
「おっ、おだ……」
「お題を出して……欲しいです……」
ポケットに忍ばせた水鉄砲を取り出せず、小声でぼそぼそとまごつくばかりだった。
「どうやら俺には、ゾンビになって徘徊する根性はあっても大がかりな犯罪するような根性がないようだ。自信がなくてもお題ゾンビとして生き直そう」
お題強盗は再びお題ゾンビへ立ち直ったが、
「おい」
ドスのきいた声が彼を止めた。
「何か?」
振り返ったお題ゾンビは、突き付けられたものを見て固まった。
「金を出せ」
人相の悪い男がお題ゾンビに拳銃を突き付けていた。
「な、何だお前は」
「銀行強盗だ」
「俺は銀行員じゃない。金なら受付の人に」
「バカめ。俺は銀行強盗だと言っただろう。この銀行で強盗として働いているから、銀行強盗なのだ。金を出せ」
お題ゾンビは最後の手段とサングラスとマスクを外し、正体を現した。
「俺はゾンビだぞ!」
だが、銀行強盗は動じない。
「ゾンビが怖くて強盗が務まるか。さあ、金を出せ」
一文無しのお題ゾンビは、再び町を徘徊していた。
「お代……お代をおくれぇえええ……」
金がなくなり、今度はお代ゾンビとなってしまったのだった。
「お代……お代をおくれぇえええ……」
だが、彼はお題ゾンビとしての魂も忘れていない。
「ついでに、お題もおくれぇえええ……」
誰か、お題とお代を用意してお題ゾンビを助けてやってください。