「へっ?」
あまりに唐突な発言に理解ができなかった。
「あ、あの…」
返答に困る僕に、その神と名乗る怪しい男はゆっくりと近づいてきた。僕は危険を感じ、とっさに後ずさりした。すると彼は冷徹な口調で言った
「わたしから離れると空の世界には戻れなくなるぞ。」
「空の世界?」
そもそも意味が分からない状況なのに、次から次へと理解を超える物事が追加されていく。とにかく現状を把握したい。しかし、何を言えばいいのか全く思いつかない。
「あの、言っていることが全く分からないのですが…」
とりあえず今感じていることをそのまま口にだす。すると彼はこう言った。
「なるほど…ではとにかく私から離れるな。そうしてくれるのなら気になることに可能な限り答えよう。」
どうやらこちらの言葉は伝わっているようだ、初めてちゃんとした応答があった。意思の疎通ができると確認できたので少し安心した。ここは彼の言う通り、あまり離れないでおこう。僕は彼の言う範囲内に留まりながら質問をした。
「一体ここは何なんですか。それに空の世界って…」
彼は僕の質問に対して、食い気味に答えた。
「ここは土界(どかい)。この地球の内側に存在する世界だ。我々、土界人(どかいじん)は君たち空人(そらびと)を認知しているが、その様子だと君たちは我々を認知していないようだな。」
またでてきた、意味の分からない世界観が。土界?土界人?空人?そんなこと、今までの世界の歴史の中でも出てきたことはないだろう。しかし、ここまでくると素直に理解できるようになってきた。というか、多分そうしないと頭がおかしくなってしまうだろう。
「は、はあ。。なんとなくは分かりました」
あらかたの謎は理解できたが、まだ一つ大きな疑問が残っている。
「ではもう一つ。「なぜ僕がこの世界に来たのか」が理解できません」。
そう、これが一番の謎だ。「神」と名乗るくらいなのだから、「空人」である僕がこの世界に来た理由も知っているはず。
「それは…」
彼は言葉を詰まらせた。
「それは私にもわからない。」
少し考えた後にそう言った。本当にそうなのか?言葉を詰まらせた時の彼の顔は何か知っている風だった。それなのに、考えた上で「わからない」と言っている。意思の疎通が出来ているとはいえ、まだ彼を完全に信じているわけではない。僕は疑いの眼差しを向け、彼に言った。
「本当ですか?今の答え方はどこかおかしかった。本当は何か知っているんじゃないですか?」
僕は感じた疑問点をそのまま伝えた。世界の常識を根本から覆されるような「世界」、そんなところに理由もなしに飛ばされたりするわけがないのだ。しかも強制的に。それなのに何か知っている雰囲気を出しながら、答えない彼にいらだちを隠せなかった。彼は答えた。
「私は「わからない」と言ったのだ。決して何も思い当たるものがない、というわけではない。」
若干言葉尻を捕らわれた気がしてムッとした。彼は続けた。
「200年ほど前に空人が来たことがある。彼もわけもわからず気づいたらこの世界にいた、と言っていたな。」
「えっ…」
いきなり新事実が発覚した。過去にも空人は来ていたというのだ。現在が2019年(令和元年)なので200年前だと1819年(文政2年)、日本は江戸時代後期頃だ。あまりにも昔すぎる話だが…。僕はその人のことについて質問してみた。
「なんというか、その… その人はどんな風貌だったんですか?聞いてた感じだと言葉は通じていたみたいですけど」
彼が本当に「神」であるなら、この地球上全ての言葉を理解し話せるはずだ。そうなるとどの国の人か、などがわかるかもしれない。彼は考える素振りもみせずに答えた。
「うむ、あれはおそらくケルト派生語の第1種…空の世界で言うところの「英語」だな。服装は少し派手でひらひらとしたものが全体的に付いていたな。」
派手でひらひら… その年代だとヨーロッパの人々はそんな服を着ていたような印象を受けるが、英語となると少し違うかも。イギリス人の可能性もある。インターネットで検索すればより詳しく調べることができそうだが、「こういう世界ではインターネットが使えない」、という創作物のありがちな設定がこの世界にもあった。僕のスマホも当然、圏外だ。
「その人はその後、どうなったのですか?」
今は目の前にいる「神」から話を聞くしかない。
「彼は今、この世界の東にある街「ポペラヒルク」で暮らしている。」
驚愕な話だ。なんと、200年前に来たという彼はまだ生きているというのだ。この話を聞いて、この世界の時間の流れは現実とは違うんだということが分かった。もし、その「彼」が本当に空人でまだ生きているというのなら、実際に「彼」に会って話を聞いたほうが色々と良い気がする。「まち」という単語がでてきたのでそちらも気になるが…
今は「彼」に会うことが先決だと思う。とりあえず「彼」に直接会えないか聞いてみる。「神」は行ってみないとわからない、と言うので、さっそく僕たちは「東の都市」だという「ポペラヒルク」に向かうことになった。
小説
土とともに #3(「神」と名乗る謎の男)
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。