その少年は、野菜を愛していた。
……愛し過ぎていた。
少年がどれだけ野菜を愛し過ぎていたかというと、
「将来はニンジンかキャベツのお嫁さんを貰いたい」
これくらいである。
少年は野菜嫌いの同級生たちが残した分までもりもり食べた。
「ピーマンのお坊ちゃん。君の魅力が分からないなんて愚かな小学生がいたもんだね……ぼくには分かる!カボチャのおばさん。おばさんも……2人ともぼくの胃袋の中で生き続けるんだ。1つになって……バクバクバクバク!」
毎日こんな不気味なことを言っているので、人間の友達は気味悪がってみな離れていった。
「いいんだ。人間だからって無理に人間の友達作らなくても。ぼくの中にはピーマンのお坊ちゃん達がいるんだから……」
そうまでして愛された野菜たちは喜び、少年のところへ嫁入り志願の野菜が殺到した。
「あの子と結婚するのはこのピーマンよ!」
「いいえ、あたくしパセリでござんす!」
「ううん、ここはあたし、ニンジンが!」
「ええ加減にしいや。うち、ナスに決まっとるやないか!」
「おいおい、あたい、キャベツ以外に誰がいるってんだい!」
嬉しさのあまり、少年は8歳の若さで50人の野菜たちと重複結婚してしまった。
そして少年は毎日1人ずつ愛しの妻を胃袋の中に収めていった。
結婚式から50日経過後、とうとう少年の妻は1人残らず彼の胃袋へ消えた。
しかし、2人の間に生まれた50人の子供たちが残っていた。
人間と野菜の愛の子である彼らは野菜を生やした人間・「野菜人間」である。
「これぞ人間と野菜の愛の結晶!」
少年も最初は喜んでいたが、
「どうやって育てたらいいんだろう。完全な野菜ではないから食べてしまえば人喰いになってしまうし、かといって人間として生きていくには難しそうだ……」
事態は深刻だった。
「それに、8歳の若さで50人もの子供の面倒を見れるわけがない」
だが、
「あんた……私たちのあの子を……頼みましたよ!」
50人の妻に我が子の未来を託された手前もあるのだった。
「その気になれば、子供の40人や50人!」
決意を固め、少年は50人の野菜人間を育て始めた。
人間よりも野菜の友達を愛した少年にとって、野菜も人間も関係ない。
しかし、育児中に野菜人間の身体で揺れる野菜は野菜好きの少年の食欲を掻き立てた。
我慢が限界に達し、とうとう少年は我が子から生える野菜にかじりついてしまった。
「!!!!」
体内の一部でもある野菜をかじられた野菜人間は絶叫して外へ飛び出し、残る49人の野菜人間たちも親から人並みの愛情を注がれていないことを悟って一斉に外へ飛び出した。
野菜人間たちは親への怒りから野菜の髪の毛をリーゼントに変え、集団積み木崩しと化してしまった。
金を巻き上げ、物を壊し、スプレーで落書きをして大暴れした。
責任を感じた少年は我が子たちの前に姿を現した。
「食欲を抑えきれず、かじったのが悪かった。仕返しにぼくをかじれ!」
野菜人間たちは一斉に少年にかじりついた。
「ぎぁゃああああああああ!」
だが、
「まずい」
ただの人間をかじっても苦い味しか残らなかった。
「何だかバカバカしくなってきてしまった」
野菜人間たちは身を投じた父の大きな愛の前に足を洗い、少年の子供に戻った。
その後、少年は常に普通の野菜を食べることで我が子への食欲を抑え、愛を込めて野菜人間を育てた。
「いい加減にしろ」
担任の先生が怒った。
「8歳の若さで子供を育てるな。今すぐ学校へ戻って義務教育を受けなさい」
「義務教育よりも大切なものを見つけてしまったのです」
「それがこの化け物たちを育てることだと言うのか」
「子供たちの悪口はやめろ!」
「誰が化け物だ!」
少年と野菜人間たちは怒って先生に襲いかかった。
先生は国語算数理科社会の問題で反撃した。
「~~☆☆」
勉強していない少年と野菜人間たちは強力な問題集を前にノックアウトされた。
「勉強!勉強!勉強!この計算式の答えは?」
「8……」
「違う。9だ。こんな問題も分からんのか!」
そこから少年と野菜人間たちは厳しい義務教育の刑に処された。
半年経った。
「先生、お陰でぼく達すっかり学力がつきました」
「そりゃ良かった」
「どれくらい学力がついたかというと」
「どれくらいだ?」
「先生を倒せるくらいに」
「ナニ!?」
少年と野菜人間たちは身についた学力で先生に東大の難問をお見舞いした。
「いつの間にか私よりも賢くなっていたとは……」
先生は驚きながら失神した。
「学力がついたら、こっちのものだ」
「この学力を駆使して地球を野菜王国にしてやる」
学力がつきすぎたあまり、少年と野菜人間たちは世界征服の野望を抱くようになってしまった。
少年と野菜人間たちはつきすぎた学力で大きな装置を作り上げた。
「この機械を作動させれば人体を狂わす電波が流れ、全ての人間は野菜人間になる」
「この世は我ら、野菜のもの!」
「そうはさせるか!」
そこに現れたのは、リンゴ、メロン、ブドウ、バナナ、モモの大群だった。
「この地球をお前たちの自由にはさせない。大体、お前たち野菜はまずいくせに栄養栄養と説教臭いのだ!」
「そういうお前たち果物こそ甘すぎるんだよ!人生はお前たちのように甘くはない。甘いのはお菓子だけで充分だ。俺たちの邪魔をするな!」
「そうはいかん!」
「なら叩き潰すまで。身体に流れる母の血よ!聖なる野菜の血よ!我らに母の姿を与えたまえ!」
その言葉と共に、50人の野菜人間たちが一斉に母のようなー野菜の姿になった。
「行くぞ、果物!」
「来い、野菜!」
野菜と果物の戦争がはじまった。
ひたすら殴り合うトマトとリンゴ。
刃物を振り回すニンジン。
電動ノコギリで武装するブドウ。
マシンガンで攻めるピーマン。
戦車で反撃するメロン。
激戦を横目に、少年は装置の電波発射準備に取り掛かっていた。
「戦え、我が子たちよ。今に世界は野菜王国となるのだ……!」
そこへ、1人のバナナが飛び込んできた。
「そうはさせないぞー!」
「果物め、喰ってやる!」
少年はバナナの皮を向いて食べ始めた。
「あーれー!」
「随分とウマいな、このバナナ……」
野菜ばかり食べてきた少年にとって、初めて食べる果物の味である。
「バナナの仇!」
ブドウが電動ノコギリで攻めてきた。
「お前もウマかったりして」
実を数個ひきちぎって口に入れると、
「確かにウマい」
絶妙な味わいだった。
「少年、覚悟ーッ!」
最後にメロンが突撃をかけてくる。
電動ノコギリでメロンを切り口に入れると、
「うんめぇえええええええええええええええええ!」
少年の中で何かが変わった。
「果物の諸君!君たちがこんなに素晴らしいものとは知らなかった。野菜王国は中止し、果物王国を作ろう」
それを聞いて両者の攻撃の手が止まる。
「俺たちの王国!?」
「父さんそんな!」
「それに比べて我が子、野菜たちは説教臭い味で……」
「この野郎~」
裏切られた野菜たちは一斉に少年に襲いかかった。
「ギャーッ!助けてくれ果物たちー!」
「果物王国もいいけど……」
「親に裏切られた野菜たちがあまりにも可哀想過ぎて……」
「同情しちゃう……」
果物は同情して少年に襲いかかった。
「同情攻撃~!」
「ぎゃあああああああああ」
野菜と果物の総攻撃で全治3ケ月の重傷を負った少年はショックで学力が落ち、普通の小学生に戻った。
しかし普通に戻りすぎて、
「あの頃は良かった……」
そう思うことがある。
「あの頃に戻ろう!」
少年は再び野菜を愛した。
だが、
「裏切り者!」
少年に食べられた野菜は胃袋の中で暴れた。
「痛い」
けれど慣れてくると、
「この痛みが気持ちいい」
痛みも快感となった。
少年はやはり野菜なしでは生きていけないようである。