小説

土とともに #4(いざ「ポペラヒルク」へ 上)

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「私に掴まるのだ」
 そう言われ、恐る恐る彼に掴まった。まだ彼の素性は計り知れない部分が多いし、また急に変なことを言い出すかもしれない。まぁ、今は彼に従うほかないのだが…
 そんなことを考えていると突然、身体がゆっくりと宙に浮き始めた。足は地面についたままの感覚なのだが、明らかに浮いている。宙に浮く感覚が苦手な僕は不安な気持ちになったが、足がついている感覚があるのでなんとか平気そうだ。そして、僕たちの身体はゆっくりと前へ進みだした。足を動かすこともなく身体が移動している…もうこの世界は何でもありだ。
「昔、「世界がこうであったら良いな」とか考えながら作ったあの小説と世界観が似ているな…」
 …僕はふと思い出していた。僕は高校生の頃、小説を書くことにはまっていた。あの頃は想像力が一番あった時期だと思う。思いついたことをなんでも小説の題材としていたのだ。そんなあの頃、僕はすでに「彼女」…「相田 若菜(あいだ わかな)」のことが好きだった。彼女への気持ちを伝えたいが伝えられず、悶々とする日々。そんな気持ちをどこかで発散したくて、僕はそれもまた小説の題材としていた。
「現実の世界で生きることが辛くなった主人公が異世界へ飛ばされ、そこで自分の新たな可能性を見つけていく話」
 …ありきたりな内容だが、当時の自分には一番現状とマッチする内容だった。一心不乱に小説を書き、ひたすら彼女への気持ちを抑え込んでいたのだ。物語の中で主人公は、ハッピーエンドを迎える。自分には決して訪れることのないだろうハッピーエンドを。そんなものを書いている内に就活の時期へと入っていき、恋愛をする暇などなくなった僕は結局、気持ちを伝えることもないまま就職していったのだ。
 僕はハッと思った。今のこの現状は、当時書いていたあの小説の始まりの部分と似ている気がする…だが、当時書いていた小説の内容などとっくに忘れている。今すぐにでも確認したいが、原本は実家のタンスの中に眠っているのだ。確認のしようがない。とても考え難いが、これはその小説の通りにことが進んでいるのかもしれない。この先どうなるかなんて当然、覚えていないので把握することは難しいが。だが、最後がハッピーエンドであることは覚えている。その通りにいくのであれば、僕はハッピーエンドで全てを終えられる。それならば、この先何がきても大丈夫ではないだろうか。まあ、僕のこの仮説がどこまで合っているかはわからないが、少なくともこの先の自分のメンタルにはプラスに作用はずだ。
 身体が宙に浮いた僕は、心も少し軽くなっていた。そう考えている間に、身体はかなりの速度で移動していた。ジェットコースターとまではいかないが自分が走るより速い。
 やがて、光が差し込む穴が見えてきた。どうやら出口のようだ。今の速度を維持しながらその穴は大きくなっていった。辺り一面が明るくなり、身体が光に包まれる。眩しすぎてしばらく目が開けなかった。数十秒ほどで目が慣れてきて、ぼんやりとしていた視界が徐々にはっきりしてきた。
 そして、はっきりと見えるようになった僕の目に映り込んできたのは、「緑色をした海」と「巨大な大陸が2つある」という予想だにしない光景だった。

#5へつづく

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