ある日突然、円盤に乗って宇宙人が来た。
宇宙人は町中に降り立つと、大声で言い放った。
「ご安心ください。私は地球人の皆様に敵意を持ってはおりません!」
怪しいものである。
通りがかりの地球人は宇宙人に疑惑のまなざしを向けた。
「敵意を持っていないなら、何を持ってんだ」
「もちろん、好意でございます」
「証拠を見せろ」
「はい」
宇宙人は胸の中からニコニコ顔を取り出した。
「何だこれは」
「好意です」
「なるほど」
通りがかりの地球人は納得して帰った。
「敵意はないが……」
宇宙人は誰も見ていないのを確かめると、ニコニコ顔のシールを剥がした。
中から現れたのは、卑屈な笑いを浮かべた悪そうな顔である。
「悪意ならある」
宇宙人の住む惑星の住民は誰もが愛する心を持たない為に出産を行わず、このままでは滅びの道を辿るばかりだった。
そこで宇宙人は地球人の愛する心を奪い、仲間たちに奪った愛する心を植え付ける事で交際費・結婚費・出産費・育児費……と発生する大金を我が物にして億万長者になることを企んでいた。
まずは地球人と親しくなって彼らを観察し、データを手に入れてから愛する心を奪おうというのである。
「……ところで、こうして友好的そうな態度で宇宙人の私が構えていれば短絡的な地球人が私を信用して声をかけてきてもいい頃だが……」
疑う声はあっても、信じる声は未だにかからない。
そうこうしているうちに数時間が経過した。
「仕方ない。こうなったら、私から声をかけよう」
宇宙人は目にとまった地球人に手当たり次第声をかけた。
「あの、実は私、宇宙人なんですよ」
「へぇ、良かったね」
「宇宙人だぞーっ!」
「はぁ、そうですか……」
「宇宙人現る!あなたの目の前に現る!」
「よくできた着ぐるみねぇ」
「着ぐるみじゃございません!ちょっと触ってみなさい」
宇宙人は自分を着ぐるみと疑う地球人の女性の手を取って体を触らせた。
「ね、無機質な着ぐるみではなく生き物としての生命の息吹を感じるでしょう?」
「感じる感じる。生き物としての生命の息吹のように思わせる無機質な着ぐるみの凄さをね!」
結局のところ、老若男女誰もが宇宙人を本物の宇宙人とは信じてくれない。
「そうだ、最初に私を悪い宇宙人かと疑ったあの通りがかりの地球人なら!」
思い出したその時、あの通りがかりの地球人が仲間の学生を数人連れて戻ってきた。
「信じてくれたんですね!」
だが、
「こいつ、こんな安っぽいコスプレで宇宙人だってよ。ニコニコ顔持ってこれが地球人への好意だってよ。みんなで笑ってやろうぜ」
「はっはっはっは……」
通りがかりの地球人は仲間を連れて宇宙人を笑いに来ただけだった。
「何と世知辛い惑星なんだろう……」
宇宙人は嘆いた。
「誰も宇宙人の存在を信じてくれないなんて。私は……私は違うぞ。地球と言う未知の星があり、そこに宇宙人が住んでいると知った時は喜びと興奮に震えた。なのにこの星の奴らときたら……」
宇宙人の嘆きは怒りに変わった。
「こうなれば宇宙戦争だ。私の怒りを宇宙戦争に発展させ、その身で宇宙人の存在を知らしめてやる……」
だが、
「しかしよく考えてみれば、私は会った事もない地球人を自分達と同じ気持ちを持つ者たちだと信じていた。根拠もなく相手に憧れて勝手に信じてしまうこの気持ち。これはひょっとして、1つの愛だったのではなかろうか」
宇宙人は自分にも愛が芽生えていたことに気付いたのである。
「そうなのだ。私は未知なる地球人に憧れるうちに、自然と彼らが持っているとされる愛する心を身に着けていたのだ。同じ星の仲間同士での愛を持っていても宇宙人の存在を信じてくれない世知辛い地球人なんかから愛する心を奪わずとも私自身の愛する心をコンピューターにかけて量産し、自給自足の金儲けで億万長者になればよいのだ。そうと決まれば!」
宇宙人は自分の住む惑星へとUターンし、愛する心をコンピューターにかけた。
「自給自足で、億万長者だ!ついでにこの惑星を繁栄させる救世主でもあるんだからな。こいつは凄いぜ。うひひひひ……」
量産された愛する心はたちまち惑星中に広まった。
しかし惑星中の人々は愛する心を手にした途端、
「なにおう~」
「この野郎~」
殴り合いの大ゲンカを始めたではないか。
「こっちがなにおう~だよ。どうなってんの?」
宇宙人は驚いたが、すぐに気付いた。
「しまった。私の地球人を愛する心は信じていた地球人に見放され裏切られたことで憎しみの心に変わってしまっていたんだった。このままでは宇宙戦争に発展し、この星は滅んでしまう!」
しかし憎しみの心の巻き起こした宇宙戦争の激しさの前にはどうすることもできず、とうとう惑星は滅んでしまった。
「余計な事をしやがって。うらめしや~」
惑星ごと滅んで幽霊となった宇宙人は同じ星の仲間達の幽霊に恨まれた。
「ひぇえええ!悪いのは私じゃない、私にあんな心を持たせた地球人だ」
「確かにそうだ」
「みんなで力を合わせて地球を侵略し、私達の仇を討とうではないか!」
「おう!」
宇宙人の幽霊たちは一斉に地球へ攻め込んだ。
「宇宙人の存在を信じず、我々の惑星を崩壊へと追い込んだ地球人め、うらめしやー!」
だが相変わらず地球人は見向きもしない。
「うらめしいぞー!」
「そうなんだ……」
「うらめしいんだよ!」
「あっち行けよ」
「うらめしいんですが……」
「変わったCGねぇ」
「CGじゃございません!ちょっと触ってみなさい」
宇宙人の幽霊は自分達をCGと疑う地球人の女性に体を触らせた。
「ね?幽霊らしく透き通っていて触れられず、科学的技術も生命の息吹も感じないでしょう?」
「感じない感じない。こんな安っぽいCGなんかにはなーんも感じない」
結局のところ、老若男女誰もが宇宙人の幽霊たちを本物の幽霊とは信じてくれない。
「何と世知辛い惑星なんだろう……」
宇宙人の幽霊たちは嘆いた。
「誰も幽霊の存在を信じてくれないなんて。私は……私は違うぞ。いくら非科学的とバカにされようと、幽霊は必ず存在すると根拠のない自信を抱いて来た。なのにこの星の奴らときたら……」
「そうだそうだ!」
宇宙人の幽霊たちの嘆きは怒りに変わった。
「こうなれば宇宙戦争だ。幽霊の私達にどこまでの事ができるか分からないが、力の限りを尽くして愚かな地球人どもに復讐してやる……」
こうして、宇宙人の幽霊たちによる宇宙戦争が始まった。
「お前のせいだ。お前のせいで俺たちはこんな姿になってしまったんだ。呪ってやる呪ってやる呪ってやる。わーわーわーわー」
「うらめしうらめしうらめしやー。うぉおおおーっ、うらめしーっ!」
宇宙戦争と言えど、実体を失った宇宙人の幽霊たちには兵器が使えない。
しかし幽霊となっても地球人にその存在を認知されてはいる事を活かし、地球人の耳元で恨み言をわめき散らして精神を削ろうという魂胆である。
兵器を使わずとも、宇宙からの侵略者が集団で地球人を執拗に追い詰めるならこれは立派な宇宙戦争ではないか。
「分かった分かった。本物の宇宙人で、本物の幽霊なんだろ。信じるから成仏してくれよ。仕事に集中できなくてクビになり職を失っちまう」
「失え失え!こちとらお前らのせいで故郷も肉体も失ったんだ。それを思えばたかが職の1つや2つ失うくらい!ああ、うらめしうらめしうらめし……」
「悪かった!悪かったから成仏してくれ。せっかく掴んだ幸せなのに、幽霊にまとわりつかれている事が吉子さんにバレたら結婚の話もなくなっちゃうよ……」
「なくなれなくなれ!こちとらお前らのせいで誰一人結婚もできずに星ごと滅ぼされたんだ。それを思えば結婚の話が1つや2つなくなるくらい!ああ、呪ってやる呪ってやる……」
こうして宇宙人の幽霊たちにまとわりつかれた地球人たちの幸せは崩れていった。
「がははははは!やったぜ」
「我々の苦しみを思えばこの程度で済ましてやっていることに感謝してもらいたいくらいだ。さて、次は誰を狙おうか……」
しかし、地球人も一方的にやられるだけではない。
「専門家に教わった悪霊退散のおまじないで宇宙人の幽霊たちをやっつけてやる」
宇宙人の幽霊たちに向けておまじないを唱え始めた。
「それは地球のおまじないだから我々には通じない」
宇宙人の幽霊たちは笑い飛ばしたが、
「通じないはずだったのに、地球に長く滞在したせいで体の構造がすっかり地球性になり、地球のおまじないが効いて成仏させられてしまう~」
結果的には成仏させられてしまった。
被害に遭った地球人たちは、今回の事件で自分たちの愚かさを思い知った。
「未知の存在に対するロマンを失ってはいけない。これからは宇宙人を信じよう。幽霊を信じよう」
反省したのはいいが、
「山崎さん、昨日1人でこっそりと宇宙人の映画を観ていたな。あんたの正体は……宇宙人だ!」
「森岡さん、あんな事故に遭ったのに生きて帰ってこれるわけがない。あんたは幽霊だ!」
すっかり周囲の人間を宇宙人や幽霊だと疑うようになってしまったのだった。