小説

土とともに #9(ポペラ大陸の「神」の元へ)

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 僕は話を切り出すタイミングを考えていた。
「僕はあなたのことをどう呼べばいいんですか?」
 そういう内容の話をだ。だが、ここまできたら今更な感じもする。ここまで僕も「神」も特に名前を呼ぶ必要がなくきたのだから、この先も特に気にする必要はないのかもしれない。この先のどこかのタイミングで、「この世界での名前」を与えられることになっている。僕の名前はそこを境目に呼ばれる頻度が増えるだろう。
 そう考えている間にも、僕たちは着々と「総合舎」に向かっていた。先ほどまでいた「居住エリア」はとうに抜け、ビル街の大通り「ヒルクストリート」を歩いていた。「市場安売り」はもう終わったのだろうか、先ほどまでのとんでもない人混みはもうなかった。辺りが暗くなったこともあってか、人通りはだんだんと少なくなっている。さっきは人混みにもまれよく見れなかった街の雰囲気も今は存分に味わうことができる。
 全てのビルが同じ高さというわけではなく、6階ほどの高さもあれば15階ほどの高さもある。そういうでこぼこな感じの所が、「大きい街」という印象を強くしている。そして、大体のビルの下層階には商店が入っているのだった。この辺りのお店も「市場安売り」をしていたのだろうか。店頭に並んだ商品をしまう店員さんたちの姿も見えた。こんな大きな「街」なのに、ここの人々は楽しそうに笑いあっている。そんな光景を見て、僕は「現実ではなかなか見れない光景だな」と思った。
 現実世界でのこの規模の「街」であれば、みなスマホを片手に下へうつむき、人と関わることすら拒絶しているだろう。僕はこの世界の空気になじめるか少し不安に感じるところもあった。さっきの編み笠の「彼」と関わった時のようにおどおどしてしまいそうだ。まぁ、それくらいで周りから不審がられることはないだろうが、現実世界ではすぐに見向きもされなくなるタイプだ。だからこその不安なのだ。
 ここ最近、人と真っ当に関わる機会がなかった。今いる職場も、仲が良いといえる人はいない。飲み会などの誘いも最近は断っていた。そんな毎日を送っていたのだから不安になるのも仕方がない、と僕の頭の中は自問自答でぐるぐるしていた。
「君は自問自答を繰り返し、自己解決することが多いようだな。」
「えっ?」
 突然、「神」が話しかけてきた。
「「空の世界」では君のような考え方が主流なのか?」
「それは…どうなんでしょう… 僕には分かりません。」
 とっさに聞かれたのでそう答えたが、おそらく主流とは言えない。「国」によって考え方が違うし、その中でも更に個人で考えが違うわけだから。
「そうか、「空の世界」のことは多少は分かる。だが、その情報源ももう何十年も前のものだ。今の「空の世界」は当時とは大きく異なっているだろう。」
 何十年…いつ頃の時代のことなのだろうか。
「あの時は君のような思考を巡らせる「空人」はあまり見受けられなかったのでな。」
 彼が言いたいことがいまいち見えてこない。
「君はその考え方をすることで、自分の首を自分で絞めている気はしないか?」
「えっ…」
 その一言が心に刺さった。確かにそうかもしれない。
「君がもし自問自答を繰り返すことで自分を苦しめているなら、その考え方を見直した方が良いかもしれない。この先、この世界から抜け出す方法がいずれは見つかるだろう。しかし、それはすぐに見つかるものではない。どれくらいの時間がかかるかも分からないことを延々と考えていては、君の心は持たないだろう。」
 そんなことは分かっている。そうは言っても考えてしまうんだ。
「少し話は変わるが、私は一定時間関わった者の心を読むことができる。君の心も「ヒルク」に到着した辺りから全て把握している。」
「えっ…」
 鳥肌がたった…それはつまりいままで自分が思ったことが「見透かされていた」ということになる。
「君がそう思うのは正しい反応だ。だが、私は自分の意志で君の心を読んでいるわけではない、ということだけは理解してほしい。」
 どうやら勝手に発動してしまうものらしい。彼の言っていることが本当かどうかは分からないが、それこそ考えてどうにかなるものではないのでとりあえずその言葉を信じることにした。
「そう思ってもらえて有難い。なにせ「空人」と関わるのは久々なのでな、普段「土界人」と関わる感覚でいると違和感があるのだ。彼らは自分の心情を正直に話すからな。」
 「土界人」たちは純粋そのものである…彼はそう言っていた。確かにそんな中で生活していれば、わざわざ口からでる言葉と心の思いの相違点を考える必要はないのだから慣れないことだろう。だがふと思った。「ディルノさん」は僕とは違うのだろうか?「彼」だって「空人」だ。だから僕と、同じとはいかなくても似たような思考回路のはずである。
「ディルノはこの200年でずいぶんと変わったのだ。」
 僕の心に割り込むように彼は言った。
「出会った当初、あいつは常に機嫌が悪かった。他の「土界人」から話しかけられても「お前とは関わりたくない」と家にふさぎ込み、頑なに交流を拒んでいた。」
 200年前の人にとってはとても大きなカルチャーショックだったことだろう。僕の生きている現代は、そういった「異世界」が絡む創作物がたくさんある。だから僕は、割と早めに受け入れられたのかもしれない。
「彼はこの世界の住民たちと関わるうちに純粋に生きていくゆとりを得られたのだ。」
 ゆとり… 僕の記憶が正しければ、200年前(19世紀)の世界情勢は確かに波乱だったと思う。歴史の授業でかじった程度だが思い出せるだけでも、フランスでの革命の連続、ドイツ・フランス・アメリカでの第二次産業革命、日本ではペリーの来航・明治維新など有名な出来事が数多く起こった時期でもあった。そう考えると、自分が生きている時代はかなりゆとりが持てる環境と言えよう。「彼」がそんな激動の時代を生きていたのなら、ゆとりを持つなんて心境になれないのは容易に想像できる。
「まぁその辺りは「彼」と会った時に詳しく話せば良いと思うぞ。話が少しそれてしまったが、私が何を言いたいかというと、君が今不安に思っていることは時間が解決してくれることだからこれ以上考える必要はないということだ。」
 彼はそう言った。出会った当初よりもだいぶ優しい口調だった。
「ありがとうございます。そう言ってもらえてだいぶ楽になりました。」
 素直に感謝の気持ちしかなかった。この世界に来てから息つく間もなく色々なことがあって、僕の心は疲弊しきっていた。そんな心に彼の言葉が優しく染み渡ったのだった。
「それなら良かった。早くディルノに会わせたいと気持ちばかりが先走って、君にうまく伝わっているかも確認できていなかったからな。色々と一方通行な会話になってしまって申し訳なかった。」
急にそんな対応をされるとこちらはどうしたらいいのか分からなくなる。今までの対応が彼の普通だと思っていたので、僕は少し困惑していた。だけど、心のどこかでは「ようやく緊張を解いてもいい相手ができたのかもしれない」と嬉しがっている自分も居たりした。そう思っている間に、気づけば目的地に着いていた。
「おっと、危うく通り過ぎてしまうところだったな。さぁ着いたぞ、ここが総合舎だ。」
 へぇ…これが総合舎…この辺りの建物に比べると高さはないが、異質な存在感を放っている。他の建物と違い、少しモダンな感じの塗装だからかもしれない。しかし、なぜか扉は木製だ。統一性のない感じがこの世界ならでは…といえるだろう。彼はそんな扉に手をかけ、開けた。
「カランカラン…」
扉に付いている鈴の音が響く。そして、ポペラ大臣が待つその中へ僕たちは入っていった。

#10へつづく

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