小説

⑮子育ての勇者の哀愁

子育ての勇者はおダイに勉強を教えていた。
「2たす4は?」
「5かな?」
「いえ、6です。指を使って計算してごらんなさい。4本指に1を足せば5。しかしそれでは足りなくなって反対の指から1使うでしょう。反対の指の1本目は6」
「あ、ほんとだ」
赤ん坊にしては異様な発達を遂げたおダイとはいえ、勉強はまだまだ平均的なレベルだった。
「おダイくん、疲れたでしょう。今日はここまでにしましょうか」
「ほーい。じゃ、心出して」
「はいはい」
子育ての勇者は自分の胸から黄金に輝くハート……「心」を取り出した。
「いやはや、実に素晴らしい……」
心に負けないほど目を輝かせてその心を見つめるおダイを見ながら、子育ての勇者はため息をついた。
「しかし、私も数奇な運命を背負わされたものだ……」

お題ゾンビは心マニアになったおダイにお手上げとなり、自分の作った新キャラに育児を任せた。
おダイの心マニア癖を抑え、まともな子育てを行うためには「美しい心を持つ子育てのプロ」が必要である。
そこで生まれた子育ての勇者は鎧に包まれた体の中に誰よりも澄んだ黄金の心を持ち、その輝きはおダイが今まで集めてきた心1000億個分にも匹敵する豪華なものだった。
おダイは小物をチマチマ集めていたのがバカらしくなって全ての心を返却し、今では子育ての勇者が持つ心のみに執着している。
趣味が一段落した今こそ、まともになれるチャンスだった。

「ところで子育ての勇者、父さんは?」
「お題ゾンビ先生は今、新しい物語の構想を練られております」
「おダイがまともな人間に育てば、父さんも戻ってくるかな……」
「大丈夫。きっと戻ってきますよ」
「おダイは、父さんの助手になりたいんだ」
「助手に?」
「父さんいつもお題に困っているから、おダイがお題を見つけて親孝行してやりたいんだ」
「何と……おダイくん、あなたがそこまで良い子に育っていたとは感動しました。感動のあまり、泣きましょう。うわああーーん!」
子育ての勇者の涙はたちまち溢れて池となり、川となり、海となった。
「あっぷっぷ」
子育ての勇者とおダイは涙の海で溺れた。
「いかんいかん。勇者は涙を見せぬもの、でしたね」

ある夜、すやすやと眠るおダイを抱きながら夜の町を歩いていた子育ての勇者は、一軒の店の前でふと足を止めた。
「勇者の酒場……!?」
その酒場は、勇者たちが酒を飲んで語り合う勇者専門の酒場らしい。
「私もたまには一杯やりたいなぁ。おダイくんを店の人にお願いできるだろうか」
事情を説明すると、店員は快くおダイを預かってくれた。
「しかしお客様、子育ての勇者なんて、ずいぶんと個性的な方ですねぇ」
「はぁ、個性的、ですか……」
「いえいえ、もちろん悪い意味ではありません。大歓迎ですよ。お子様は責任を持ってお預かりしますので、どうぞごゆっくり。では子育ての勇者様のお席は……」
子育ての勇者は店員に連れられ、3人の勇者たちが上機嫌で語り合う5番の席へ案内された。
「はじめまして。失礼いたします」
「よう、新入りかい。歓迎するぜ」
「おっ、立派な鎧だなぁ」
「あんた、何の勇者だ?」
「はい、私は子育ての勇者と申します」
「子育ての勇者!?」
3人の勇者たちは顔を見合わせると、大声で笑いだした。
「あの、何か……?」
「いや、わりぃわりぃ。お前、面白い奴だな。嫌いじゃないぜ。まぁ飲めよ。1杯おごりだ」
「ありがとうございます!」
「イッキ!イッキ!イッキ!」
勇者たちにはやしたてながら子育ての勇者は酒を飲んだ。
「ぷはぁー。いやぁ、うまいっすねぇ。ゴチです!」
生まれて初めて飲む酒の効果はてきめんである。
「それにしても私も我ながら偉大な存在ですよ。赤ん坊のおダイくんを立派な子にするために男手1つで育て上げ、決して見返りを求めることなく子育てに命賭けてんだから。皆様もご立派ですけどね、私もかーなーりー立派でござんすよ。がはははは……」
美しい心を持つ子育ての勇者は酔っぱらっても決して他人を傷つけるようなことは言わない。
しかし心が美しすぎるあまり内心では自分のことも過剰評価しており、酔うとその本性が出てしまうのだった。
「何だって……?」
子育ての勇者の言葉を聞いた勇者たちの顔から笑みが消えた。
「子育ての勇者なんて面白い冗談を言う奴だと思っていたが……」
「酔っても子育ての武勇伝しか語らないなんて……」
「こいつまさか、本当に子育ての勇者なんじゃねぇか?」
3人のうちの1人は不安になって店員に尋ねた。
「なぁ山ちゃん、俺たちの5番席に入ってきたあの勇者、子育ての勇者と言っているが……」
「そのようですね。面白いお方です。こちらで今、連れのお子さんを預かってるんですよ」
店員はレジ奥のベッドですやすやと眠るおダイを指した。
「やっぱり……」
席に戻ると、子育ての勇者は相変わらず武勇伝を語っている。
「こないだなんかねぇ、おダイくんがおもらししちゃってぇ……」
たまりかねた勇者は他の2人に報告した。
「連れの赤ん坊がいたから間違いねぇ。こいつ、本物の子育ての勇者だぜ」
「ちくしょう、そうだったのか」
「この野郎、俺たちをコケにしやがって!」
3人は怒って子育ての勇者に酒をぶっかけた。
「な、何するんです!」
「やい、子育て野郎。おめぇは勇者の定義が分かってねぇ。本当の勇者の心を教えてやらぁ」
「いいかよく聞けよ。こいつはな、伝説の魔境に1人で突っ込み、この酒場5個分ほどもある巨大な龍の首を打ち取ったえらーい勇者様なのよ」
「す、すごい。そんな化け物を相手に……」
「かくいう俺様は魔界城に乗り込み、この剣で巨大な古代帝国の邪悪王の息の根を止めてやったのよ」
「その剣で、そんな強敵を……」
「俺はこいつらと比べると大した功績はねぇ。しかし、俺たち3人が身に付けているこの鎧。これは俺が地獄沼で倒した伝説のオロチの皮を使ったものだ」
「その鎧に、そんなドラマがあったとは……」
「それに比べてお前はなんだ?男手1つで子供を育て、見返りもなく子育てに励んでおむつを替えただぁ?」
「ほんと、ご立派な勇者様だよなぁ」
「あまりにも立派過ぎて、笑っちまうぜ」
「がはははははは……」
3人の勇者の軽蔑の笑いで子育ての勇者は生まれて初めて屈辱を味わった。
そしてその屈辱は子育ての勇者の黄金の心を蝕み、濁った色へと変えていった。
(今に見ていろ。私だって勇者だ。功績を上げ、お前たちを地にひれ伏させてやる)

次の日になり、目覚めたおダイは驚いた。
「子育て辞めるって、どういうこと!?」
「勇者は戦に生きるもの。赤ん坊のおもりなどしておれんということだ」
「おダイが何か悪いことしたの?もしや父さんと同じように、芝居で突き放して」
「そう解釈して幸せなら、そう思っておけばいい。だがお前がどうあれ、私は功績を上げるまでお前の元には戻らん。さらば!」
子育ての勇者は遂に使命を放棄してしまったのである。
「子育ての勇者!!

「ここが噂の魔人峠か……」
子育ての勇者は装備を武装して悪の魔人が住むと言われる魔人峠にやってきた。
「私は勇者だ。勇者の底力、見せてやる。出てこい、魔人よ!お前の首を頂きに参ったぞ!」
すると、高層ビルほどの身長を誇る巨大な龍が姿を現した。
「誰だ貴様は」
「子育ての勇者……いや、名も無き勇者だ。しかし、お前を倒せば名声も手に入るというわけよ!」
「また勇者か。ちょうどいい。今朝だけで3人もの勇者が無謀にも俺様に挑んできた所だ。見よ!」
魔人が指した岩場には、子育ての勇者を嘲笑ったあの3人の勇者たちが捕らえられているではないか。
「あっ、こいつらは!」
「お前は!」
「知り合いか。それなら話が早い。勇者の肉は4人まとめて料理すると美味しい勇者ハンバーグになるのだ。貴様で4人目。おとなしく俺様の胃袋に入ってもらうぞ!」
それを聞くと、子育ての勇者は激しく驚いた。
「何だって?ちょっとタイム」
「あ?」
「ということは、あと1人の勇者があなたに負ければ、そいつら3人と一緒に食っちゃうわけですね」
「そうだ」
「私は憎いそいつらを見返してやりたくて勇者の道を選んだ。でもそいつらが食べられていなくなるなら、私は何も勇者として生きなくてもいいんだ。ぐへへへへ……」
「な、何だその不敵な笑いは」
「すみませーん、何か、条件変わっちゃいました!負けるリスクが少しでもあるのに、むやみに戦うだけ損みたいです。私は町に戻って適当な勇者を1人そそのかしてここに連れてきますんで、そいつらと一緒に食べちゃってください!」
「お前、最低だよ!」
3人の勇者は声を揃えて呆れた。
「俺もそう思う」
魔人も呆れた。
「魔人さん、こんな奴は俺たちと一緒に食っちまった方が社会のためですよ」
「そうだな」
魔人は巨体で子育ての勇者に襲いかかった。
「食ってやる」
「ひょえええええ!」
「社会のために貴様を倒す」
「悪の魔人に社会は関係ない!」
「俺は義務教育で社会を習っていたから関係ある」
「身についているようには思えませんが……」
「黙れ。どのみち貴様が数時間後に適当な勇者を連れてきてそいつを倒しても、ここで貴様を倒しても俺様には同じこと。善は急げ、食は急げだ!」
「おのれ、こうなれば仕方ない。元々はそのつもりできたんだ。魔人よ、覚悟!」
子育ての勇者は覚悟を決めて腰の剣を抜くと魔人に斬りかかった。
「でやあああああああああ!」
しかし、戦闘経験ゼロの子育ての勇者と今まで何人もの勇者を倒してきた魔人では実力が違いすぎる。
放った攻撃はことごとくかわされ、命中してもかすり傷1つつけられないものばかりだった。
「どこを狙っているのだ、この青二才めが!」
「ならば奥の手」
子育ての勇者は正座して改まると、
「許してください!」
乞うた。
「断る」
魔人の吐く息が紅蓮の炎となり、子育ての勇者の身体を包んだ。
「あちちちちちち!」

子育ての勇者と3人の勇者たちはまとめて縛られ、あとは料理されるのを待つのみとなった。
「お前たちが私を馬鹿にしなければ、こんな目に遭わずに済んだんだ」
「うるせぇな。俺たちだってお前がもっと強ければ、こうして食われることもなかったんだ」
「子育ての使命を放棄する無責任さ、憎い相手を蹴落とすためなら他の勇者を捨て駒にしようとする薄情さ、いざ戦えばまったく役に立たない軟弱さ、敵に命乞いする羞恥心の無さ……」
「お前、1つでも勇者らしいとこあったか?」
「……ない」
子育ての勇者は嘆いた。
「こいつらの言う通りだ。私は無責任で薄情で軟弱で羞恥心がなくて、勇者と呼ぶには程遠い男だ。こいつらのようなろくでなしにそそのかされてこいつら以下のろくでなしになり最期を迎えるくらいなら、おダイくんの世話をしてあの子を立派な人間に育ててやるべきだった……」
今さら悔やんでも後の祭りである。
「そろそろ鍋が煮えてきたぞ」
魔人はうまそうに舌なめずりをした。
「さて、誰から煮込むかな……」
「こいつがいいと思います!」
3人の勇者たちは一斉に子育ての勇者を指した。
「4人中、3人が言うのなら間違いない。社会の授業で民主主義は多数決だって習ったもんな。ではこいつの肉から料理させてもらおうか……」
魔人はゆっくりと子育ての勇者へ手を伸ばした。
「ああ、もはやこれまで。おダイくん、無責任な私が悪かった。どうか非行にだけは走らないで立派な大人になってくれ……」
その時である。
「そこまでだ、悪の魔人よ!」
希望を感じさせられる高らかな声が戦場に響き渡った。
「何者だ?」
声の主は鉄仮面をまとった小柄な5人目の勇者である。
「趣味で戦っている適当な勇者、とでも言っておこうか」
鉄仮面を外したその顔は……
「おダイくん!」
なんと、子育ての勇者が見捨てたはずのおダイではないか!
「見たところ貴様も勇者のようだが、まだ赤ん坊ではないか。4人いれば食料は何とかなる。今からでも考え直すのなら特別に見逃してやってもいいぞ」
「図に乗るな化け物め!確かにおダイは赤ん坊。しかしこのおダイにとって、お前のようなザコを倒すのは赤子の手をひねるようなもの。つまりはどちらも赤子というわけよ!」
「言わせておけば生意気なこわっぱめ。ならば俺様が赤子かどうか、その命を持って知るがいい!」
魔人の口から豪火が放たれ、たちまちおダイは炎に包まれた。
「おダイくん!」
しかしおダイの鎧は熱を通さず、連続豪火にもろともせずに魔人へ歩み寄った。
「ならば、魔人光線!」
魔人の体から放たれる光線がおダイに命中するが、相変わらず頑丈な鎧はびくともしない。
「おのれ、許さんぞこわっぱ!」
最後の手段とばかりに巨大な尻尾でおダイを弾き飛ばそうとする魔人だが、逆に尻尾をつかまれてしまった。
「は、放せ」
「いいよ」
おダイが軽く指で弾いて尻尾を開放すると、
「ぎゃああああああああああ」
その衝撃で魔人の下半身はバラバラに砕け散った。
「はぇー、すげぇなぁ……」
その圧倒的な強さに、子育ての勇者たちは感心するばかりである。
「こんな……こんなはずがない……俺様が……この俺様が、こんな赤ん坊に……」
「こんな赤ん坊に負けるとは残念だったな。とどめだ!おダイ・勇者斬り!」
剣を構えたおダイは、迷わず魔人に斬りかかった。
「ぐわあああああああああああ」
絶叫の果てに大爆発を起こし、遂に悪の魔人は果てた。
「おダイは強い……」
戦いを終えた勇者おダイは満足げに呟いた。
「自分の強さに、我ながら感動してしまおう。ああ、感動的!」
おダイが感動している間に3人の勇者たちは拘束をほどいていた。
「何だかよく分からないけど、助かったぁ……」
「いやぁ、勇者おダイ様、さすがっす!」
「この育ての親にして、よくもこんな立派なお子さんに育たれたもんっすねぇ!」
子育ての勇者は拘束から逃れるとおダイに尋ねた。
「おダイくん、どうして勇者に?」
「子育ての勇者に見捨てられて心を趣味にできなくなり、おダイを見捨てるほど大切な勇者の仕事ってそんなに面白いのかなと思って。面白そうだから趣味にしたんだ」
「成程……」
面白そうだから趣味にしたという軽い感覚であそこまで戦えたのだから大したものである。
「そうだ、おダイには勇者としての素質があったんだ。父さんの助手になるのはやめ、世界の平和を守る勇者として生きよう。そうすれば父さんも喜んでくれるはず」
子育ての勇者はおダイの決意に目を輝かせた。
「きっと喜んでくれますよ!」
「子育ての勇者。お前は自分のくだらないプライドの為に使命を放棄した無責任な奴だが、結果的にそのお陰でおダイは自分の生きるべき道を見つけた。感謝だ。これからは同じ勇者として共に戦おう」
「おダイくん……こんな私を許してくれてありがとう。これからは喜んで共に戦わせて頂きます!」
子育ての勇者と和解したおダイは、3人の勇者たちの方に向き直った。
「1人より2人だが、2人より3人。3人より……5人揃って何とやら。仲間は多い方がいいな。おいお前たち、命の恩人で偉大なる勇者・おダイ様を尊敬するか?」
「はーい。俺たちはあなた様を、命の恩人で偉大なる勇者・おダイ様を尊敬しまーす!」
「お前たち、命の恩人で偉大なる勇者・おダイ様の子分になるか?」
「はーい。俺たちはあなた様の、命の恩人で偉大なる勇者・おダイ様の子分になりまーす!」
「よし、これからは5人で力を合わせて戦おうぞ。次は魔の池で凶獣狩りだ。行くぞお!」
こうして、5人の勇者の伝説が始まったのである。

しかし、その勇者伝説にも1つだけ冴えない部分があった。
「行くぞ、勇者の一撃!」
「バカめ、どこを狙っているのだ」
「あれぇ?」
「ザコは引っ込んでいろ!」
「あーーーれーーーー」
今日も子育ての勇者は敵の下級兵士に投げ飛ばされた。
「この、役立たず!」
「足手まとい!」
「おダイ様、そろそろ我慢の限界ですぜ。こいつ、クビにした方がいいんじゃないですかい?」
「考えておこう」
おダイたち4人も、子育ての勇者の無力ぶりにいい加減うんざりしているのである。
「そんなぁ、おダイくんまで……でも無理はない。なんせ私は、1年も戦ってきて下級兵士1人倒すことができない落ちこぼれ勇者なんだから……」
ダウンした子育ての勇者を横目に、おダイと3人の勇者たちは次々と下級兵士をなぎ倒している。
「みんな強いなぁ」
「お前は弱いなぁ」
下級兵士の1人が子育ての勇者にバケツの泥水をぶっかけた。
「ぶはっ!もう嫌だ……おダイくんは勇者の生き方を見つけて良かったかもしれない。しかし私はやっぱり子育ての勇者。男手1つでおダイくんを育てたり、おむつを替えている時が一番楽しかった……帰ってきておくれ。あの時の楽しかった日々よぉ……!」
戻らないあの時を思い、虚しく叫ぶ子育ての勇者だった。



働 久藏【はたら くぞう】

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『お題ゾンビ』の物語などをマイペースに書いています。頑張って働 久藏(はたらくぞう)!


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