西暦2021年。世の中には、厄介な疫病が萬栄していた。
だが正義と悪は表裏一体。そんな疫病が存在するのなら、必ずそれを鎮める正義のヒーローもいるのである。
「それがこの私だ!」
それは噂のアマビエだった。
「疫病退散!」
その一言から発せられる強大な力は視界に映った病原菌を一瞬のうちに消滅させる。
テレビに映った生中継の放送現場も例外ではなかった。
「いま、確かに聞こえたぞ!アマビエ様のお声が!我々を見えない疫病から守って下さったんだ!」
「ありがとうございます!ありがとうございます……」
テレビ画面でその様子を眺めるアマビエは満足げに頷いた。
「うむうむ。疫病に困ったらこのアマビエ様を拝みなされ。いやぁ、拝まれるのは気持良いなぁ。はっはっは!」
妖怪である自分の容姿を人前で晒してしまっては人々に恐れられ、ヒーローではいられなくなるかもしれない……
そんな恐れからアマビエは何があっても外の世界へは出ず、テレビからのみ人間世界を観察して目に留まった疫病を消滅させ伝説の英雄としての地位を保ってきたのだった。
「気分が良いので、たまにはチャンネルでも回すかぁ!」
アマビエはチャンネルを替えて放送中の番組を一通り追った。
「テレビショッピングに、刑事ドラマに、ドキュメンタリーの再放送に……そこまで好みの番組はないかなぁ。こっちは何だ?あっ、時代劇だ!」
チャンネルを次に回そうと思っても、派手に斬り合う姿に引き込まれついつい見入ってしまう。
「面白かったなぁ。続きは明日かぁ。待ちきれないなぁ。」
そう思ってしまえば、スポンサーの思うつぼである。
「なになに、DVDBOXだって?これがあれば明日を待たなくても続きが見れるのか。しかも午前中に頼めば即日発送・即日到着だって?12時まであと10分しかない……よーし、買ったあ!」
説明通り即座にDVDBOXが届き、アマビエはテレビにかじりつくようにして続きを観始めた。
Disc1を観終われば次はDisc2、続いて3、4、5……とやめられない。
そうなると必然的に現行のニュース番組は追えなくなるものである。
「もう朝の5時か。徹夜するほどハマってしまうとは時代劇おそるべし。今日はニュース見れなかったけどたまにはそういう日があってもいいや。ほじゃ、おやすみ~」
ここからアマビエの規則正しい生活リズムは崩れ、時間を気にせずDVD鑑賞に熱中するあまり徐々に夜型になってしまった。
「今日もニュース観れなかったな……人間の皆さんは疫病に苦しんでいるのだろうか……しかし、この私も寝不足に苦しんでいる……ふぁーあ……寝よ」
アマビエがDVDBOXを制覇したのは、それから1週間後のことだった。
「やっと終わったぁ……楽しい1週間だったが、すっかり生活リズムが崩れてしまったなぁ。ニュースでも観るかぁ……」
生のチャンネルに合わせたはいいが、深夜なので放送しているのは深夜アニメくらいしかない。
「アニメじゃ疫病退散してやれないんだよなー。……それにしてもこの声、どこかで聞いたような……ってこれ、さっきまで観ていた竹次郎侍の声じゃないか!」
時代劇俳優が今では深夜アニメの声優の仕事を担当していたのである。
「いい声してるなぁ。それに話も面白いなぁ……もしかしてこれも、DVDBOXとか出てたりして」
DVDBOXではなく、Blu-rayBOXであった。
「こっちも買ったあ!」
興味を惹かれるとすぐBOXに手を出してしまう金持ち体質はアマビエの悪い癖である。
そして即座にBOXは到着し、アマビエはまたもテレビにかじりつく。
「こりゃあ面白いわ。ハッハッハハッ、ハハハハハ!」
そうなると再び徹夜・寝不足・夜型の悪循環だった。
「直したくても直せないんだよなぁ」
時間の経過と共にBOXも制覇したが、
「ああっ、この番組は子供の頃に熱中していた船体ライダーじゃないか!」
またもや再放送でお気に入りの番組に直面してしまった。
「主人公自らが船のパーツとなって巨大戦艦を動かす動力源となり、船体になりながら操縦バイクを乗り回すことで戦艦を自在に操るって設定は今観ても斬新だよなぁ。幼い頃の私がハマるわけだよ!」
一通り観終わり、
「よし、これもBOX買っちゃうかあ!」
またもや購入を考えたその時だった。
テレビの電源が突然切れたかと思うと激しく振動し、
「何だ?」
再び電源が入ったのはいいが、その音量は20、30、40、50……とどんどん上がっていくではないか。
「う、うるさーい!一体どうなってるんだ?」
「どうもこうもあるかーっ!」
音量50のけたたましい怒声がテレビの中から響いた。
「自分の使命も忘れて全巻BOXばっかり買いやがって!それでもお前はアマビエか?仏の顔も三度まで、テレビの顔も3度までだ!」
どうやら、このテレビそのものが意思を持ち不甲斐ないアマビエに腹を立てているらしい。
「ほんとにうるさいなぁ、もう少し音量下げろよ。使命だって?そんなん知った事か。私は今までだって、ずっと気まぐれで疫病退散をやってきたんだ。今は気が向かないから気まぐれしないの!」
「だから、それがいけないと言っているのだ!少しは疫病に苦しむ人間の皆さんの事も考えろ!」
「少しなら考えてるよ。ほんの少しだけなら」
「バカモン、本当に少しでどうする!疫病に苦しむ人間の皆さんを救えるのはお前しかいないんだぞ。少しは疫病に苦しむ人間の皆さんの気持ちになってみろこのろくでなし!」
「ろくでなしとはなんだこのオンボロテレビ!こっちこそ我が家で電波を受信して放送できるのはお前しかいないんだぞ。少しはテレビ放送を楽しんでいる私の気持ちになってみろ!」
「規模が違い過ぎるんだよこの自己中妖怪!その腐った根性、このテレビが叩き直してくれるわ!」
言うや否や、テレビは浮上して容赦なくアマビエの頭部に激突した。
「イテーッ!」
「がははは、ざまぁみろ!これに懲りて少しは疫病に苦しむ人間の皆さんのことを……」
「疫病に苦しむ人間の皆さんの前に、今はお前の事で、厚かましくて暴力的なオンボロテレビの事で頭がいっぱいだ!暴力するならこっちも暴力してやる!アマビエパーンチ!」
殴ったが、
「イテーッ!」
痛みを味わったのは殴られたテレビではなく殴ったアマビエの方だった。
「バカめ。こんな固いテレビを素手で殴る奴があるか。疫病に苦しむ人間の皆さんの気持ちが分からないなら、お前を苦しめて苦しみだけでも分からせてやる、それっ!」
テレビはまたもアマビエの頭部に浮上激突して突き飛ばし、
「フン!」
倒れたその体にのしかかったではないか。
「あーっ!重い重い重い!腰が、腰が砕ける―ッ!」
「どうだ、参ったか!」
「参ってる参ってる。とっくに参ってる!」
「疫病に苦しむ人間の皆さんのこと、少しは考えるか?」
「考える考える!」
「よろしい。では、解放してやろう」
テレビはアマビエから体をどかすと、定位置に戻って何事もなかったかのように元の音量で放送を再開した。
「おのれ、テレビめ……妖怪の恨みは恐ろしいのだ。このままで済むと思うなよ……」
アマビエは反省どころか秘かに復讐を誓うと、
「グー……」
夜も遅かったので眠りについた。
「俺も寝よう」
テレビも電源を切り、
「グー……グー……」
寝た。
朝になった。
「ふぁーあ」
テレビが目を覚ますと、
「あれ、アマビエは?」
どこにもいないではないか。
「俺に敗れたことで心を入れ替え、疫病退散に励もうとしているかと思っていたのに」
その頃、アマビエは意を決して外の世界へ赴き、空手家の師範に弟子入りを祈願していた。
「疫病退散!したお礼に、私を弟子にして頂けないでしょうか」
「おお、あなたが伝説のアマビエ様でしたか!いやはや、私ごときの弟子なんてもったいのうございます!」
「いえいえ、もったいなくのうございます。私のような妖怪をそこまであがめて頂き光栄です。疫病に苦しむ人間の皆さんをお救いするには、まずあの目障りなテレビをこの手で……」
アマビエの目はこれまでになく憎しみで満ち溢れていた。
「ギャハハッハッハ!」
テレビが自分の画面に映ったお笑いを観て呑気に爆笑していた時、
「おい、テレビ!」
憎しみで満ち溢れた眼差しのアマビエが帰ってきた。
「おお、帰ってきたか。どこに行ってたんだ?」
「お前の大好きな疫病退散をやりに」
「そうかぁ!それなら感心感心。やっぱり俺の思っていた通り、俺に敗れたことで心を入れ替え、疫病退散に励んでいたんだな」
「残念だったな。私は心を入れ替えて疫病退散に励んでいたのではない」
「では、何のために?」
「それは……お前を倒し、昨日の雪辱を果たす術を身に着けるため。テレビ、覚悟!ホワチャーッ!」
アマビエは渾身の力を込めてテレビに伝授した空手技を炸裂させたが、
「フン!」
テレビはそれを難なく受け止めると、
「素直じゃないな。少し甘やかし過ぎたか……もっと痛い目を見なければ分かってもらえないようだな!」
再びアマビエにのしかかりをかけた。
「あーっ、また重い重い重い!また腰が、腰が―ッ!」
「今度はすぐに解放するわけにはいかないなぁ!ここで放したらどうせまた俺を倒す術を身に着けるべく空手とか柔道とか習いに行くんだろ!」
「そ、それで疫病退散してやるんだからいいだろ?」
「いーや良くない!善良なテレビを倒す建前に疫病退散使うの良くない!」
「お前は善良なテレビじゃないだろ……あーっ!」
「そうかそうか。俺は善良じゃないのか。善良じゃないならこういうこともしちゃうんだなぁ!」
「わーっ、跳ねるな跳ねるな。私はトランポリンじゃないんだぞーっ!」
「無駄な抵抗はやめて、おとなしく疫病退散するか?」
「するする!」
「よろしい。では解放してやろう」
テレビはアマビエから体をどかしたが、
「いててててて……」
アマビエの体は既にテレビから受けた傷でボロボロだった。
「まぁ自業自得だよな。さぁ、ニュースつけるからしっかりと疫病退散するんだぞ!」
テレビが電源を入れた時、
「あっ、外で人が倒れた!」
アマビエが叫んだではないか。
「ナヌ?」
「疫病で倒れたのかもしれない。すぐに疫病退散しに行かないと」
「俺も行く!」
「いや、お前は布団を用意しとけ。疫病じゃない他の病気だったら私の手には負えない。運び込んで看病してやらないといけないからな」
「分かった!」
こうしてアマビエは外へ飛び出し、テレビは布団を用意したが、
1時間。
2時間。
3時間経ってもアマビエは戻ってこない。
「あいつ、まさか……」
そのまさかであった。
アマビエは座禅を組んで滝に打たれていた。
「にっくきテレビを打ち破るには、このままでは勝てぬ……もっと力を、力を、力を!!!」
決意を固め、
「うぉわあああああああっ!」
過酷な修行に挑んだ。
一方、困っていたのは疫病に苦しむ人間の皆さんである。
「最近めっきりアマビエ様の疫病退散が減ったなぁ……」
「我々は見捨てられたのだろうか」
「いや、そんなはずはない。きっとお忙しいのだ」
そんな事を言いながらも動きがなくなってからかれこれ1ヶ月になる。
「これは困った」
そんな中、
「分かりました、分かりましたぞ!アマビエ様のご住所!」
運送屋がとうとう生中継の取材班に連絡した。
「たびたびDVDBOXを購入されていたアマビエなる人物、本物のアマビエ様に間違いありません!」
「よっしゃ、今すぐ押しかけ……じゃない、伺って、疫病退散をして頂けるようお願いしよう!」
こうして取材班はアマビエの家に押しかけた。
「アマビエ様!我々は自分で言うのも何ですが、疫病に苦しむ人間の皆さんです。あなた様のお力をお貸りしとうございます!」
「アマビエ様!我々疫病に苦しむ人間の皆さんにお恵みを!お恵みを!」
激しく戸を叩くと、
「うるせぇなぁ。アマビエの奴は今いないよ」
扉の向こうからテレビが不機嫌そうに応じた。
「は、それは失礼しました。ところで、あなた様は……?」
「俺?テレビ」
「テレビ様……でしたか。それで、アマビエ様はおられないとの事ですが……」
「ああ。あいつはあんたらの為に疫病退散してやることが使命なはずなのに、それを放り出して時代劇だの深夜アニメだの特撮ヒーローだのに熱中しやがって!」
「時代劇に深夜アニメに特撮ヒーロー……ですか」
「あーあ、清く正しく疫病退散しながら、俺と一緒にお笑いを観て爆笑していた頃が懐かしいよ!」
「お笑いも……お好きだったんですか」
「まぁそれも昔の話さ。今のあいつはもう俺の愛したあいつじゃない。今は俺を倒す技を磨いて修行しているが、どうせあんな奴に勝ち目はないんだから今度は肋骨の2、3本、いやいや首の骨の5、6本折って……ん?」
テレビが扉を開けると、
「あれ?」
取材班は去っていた。
「疫病に苦しむ人間の皆さん?疫病に苦しむ人間の皆さーん!」
「時代劇に深夜アニメに特撮ヒーローにお笑いか……分かったぞ、分かったぞ我々に足りないものが!」
取材班は自信に満ちた眼差しで確信を告げた。
「我々は規則正しい報道であろうとするあまりしょーもない報道を続けてしまい、アマビエ様は愛想をつかしてお隠れになられたのだ。確かに自分で言うのも何だが、真面目に事実を報道するだけの番組でどこにも面白みが無い!もっと遊び心を持ち、娯楽性を取り入れなければ。その為には……」
こうして、生中継の報道番組の大改革が始まった。
「今週の天気は……この天気グラフが、目に入らぬかぁー!」
「変身……トーオ!深夜アニメマン、参上!」
お天気お姉さんは水戸黄門化し、ニュースキャスターは深夜アニメキャラを模ったヒーローの着ぐるみで登場したのである。
「誰やねんお前は!」
「わては正義の味方・深夜アニメマンや。あんさんこそ誰やねん」
「うちは見ての通りのお天気お姉さんや。この天気グラフが目に入らんかーい!」
「いや、入っとるで」
「ならもっと反応せんかい!『明日は雨かぁ~』とか、『日曜は晴れるんやな』とか!」
「正義の味方に天候は関係おまへん。暑い日も寒い日も、嵐の中でも戦わなあかんのや」
「そないなことしたかて面倒なだけやないか~人生もっと楽しなきゃ損やで」
「いや、仕事は大変やけど人生は楽してるで。がっぽがっぽ入る給料でいい生活させてもろうてます」
「正義の味方が給料貰ってるんかいな!?」
「助けた人からぎょうさんもろうてますで」
「しかも助けた人からかいな!?」
「まず悪漢に襲われて困ってる人がおるやろ?そこにわてが颯爽と現れ、悪漢を退治する」
「正当な正義の味方の活躍やな」
「『お嬢さん、怪我はありませんか?』」
「『ありがとう深夜アニメマン!』」
「『ところでお嬢さん、わてが今全巻BOXを持ってるこの深夜アニメ、すっごく面白いんですよ』」
「……はい?」
「『助けてもろうたお礼に、このDVDBOXを買うてきまへんか。30万のところ、29万にまけとくで』」
「……はい???」
「『あ、いりまへんか。わてが助けてやったいうのに、いりまへんか』」
「……」
「『なら仕方おまへん。おい、そこで伸びてる悪漢はん!この女、好きなようにしてええで。……え、なに?やっぱり買いますって?29万で買いますねんな?おおきに~うへへへへ……』」
「ちょ、それ、それ完全な押し売りやないか!何が正義の味方や!」
「それでその、お嬢さんを襲った悪漢なんやけどな」
「話をそらすなっちゅーに!……で、悪漢がどないしたん?」
「あいつ、わての弟やねん」
「自作自演かいな!それで市民から金ふんだくってるんかいな!!正義の味方というよりヤクザ兄弟やな!!!」
「せやけどな……わてなんかより、悪漢やってる弟の方がヒーローしてるなって思う時があるねん」
「この期に及んで何を言い出すのや?」
「弟は悪漢を演じて実の兄であるわてに何べん殴られても嫌な顔1つせんと『兄貴が儲かるなら、兄貴が儲かるなら』ってやってくれるねん」
「やってることはともかく、兄思いの弟さんやな」
「わてが儲けた金でキャビアやフォアグラ食ってても『兄貴の分がなくなるから、兄貴の分がなくなるから』ってその辺で残飯喰ってるのや」
「いや、分けてやれよ!弟の方が苦労してるんやから食料分けてやれよ!!」
「兄を思う弟の心……わて、ほんまに感動してまうわ。弟こそ、真のヒーローや!」
「何がヒーローやこのクズ兄貴!もうええわ。こうなったら天気グラフを変えて、お前の頭上に大雨降らしたるわ」
「そないなことができるんかいな?」
「大雨注意報が出ているのは九州か。ほならこの『九州』の文字を塗りつぶして、『深夜アニメマンの頭上』に変えると……」
「わあっ!な、何やこれ!大雨や!しかもわての頭上だけやないか!どないなっとんねん!ちべたい!助けてーな!……あっ、こらスタッフ!シャワーが画面に映っとる、シャワー映っとる!」
雨効果を演出したシャワーが画面から隠れ、
「ご清聴、ありがとうございました~」
一転して笑顔の2人で締めた。
「あの、本当にこんなこと放送して良かったんすか?」
「私の水戸黄門要素って出オチだったような……」
「アマビエ様に観て頂くためだ。これしかないだろう。いやぁ、それにしても面白かった。これならきっとアマビエ様だけでなく、視聴者の皆さんだって……」
方針の変更を企画した取材班リーダーが自信に満ちた眼差しで振り返ると、
その視聴者の皆さんがぞろぞろとやって来たではないか。
「あっ、視聴者の皆さん!お笑いどうでした?面白かったでしょ?企画もシナリオも全てこの私でありまして……」
自慢気にアピールしたが、
「この野郎~!」
「何がお笑いだーっ!」
「こんな状況でよくもあんなブラックジョークが出来るもんだな!」
視聴者の皆さんは取材班リーダーや深夜アニメマン達に一斉に石を投げつけた。
「いてててて、こらやめろ!これも全て、こんな状況を打開する為に……わーっ!」
「いててて!深夜アニメマン、正義の味方ならなんとかしてーな!」
「いてて、無理やねん……無理です!」
石投げから発展して遂に暴力となり、
「わーっ、やめてくれーっ!話せば、話せば分かる―ッ!は、離せ―ッ!そっちの離すじゃなーい!」
大騒動に発展してしまったのだった。
「何やってんだあいつら……」
テレビが一連の騒動を画面に映しながら呆れていると、
「よう、テレビ」
いつの間にか、アマビエが傍に立っていた。
「私は帰って来た……お前とのケリをつける為にな!」
「アマビエ……お、お前!」
テレビの視界に映ったアマビエはもはや今までのアマビエではなかった。
ムキムキに引き締まった筋肉。
固い信念が込められた瞳。
そして何より、全身から発せられる強者の余裕。
「私はお前を倒すべく、最強の体となった。さぁ、決着をつけようか……覚悟!ホワチャーッ!」
「フン、三度目の正直のつもりか?学習能力のない奴よ。もう手加減はしない。アマビエ、今日こそ最期だあっ!うおわーっ!」
「ホワチャアアアアアアアアアアアアアーッ!」
「うぉわああああああああああああああーっ!」
両者は飛び上がって激しくぶつかり合い、
お互いに一突きを加えるとしなやかに着地した。
沈黙の末、
「ゴフッ……」
赤い血……ならぬ、白い液体を漏れ起こしたのはテレビの方である。
「バ、バカな……鉄の機械であるこの俺が、アマビエなんぞに負けるだと……?」
「言ったはずだ、最強の体になったとな。テレビよ……長いこと世話になったな。お前自体は嫌な奴だったが、お前の映した映像はどれも面白いものばかりだった……さらばだ!」
アマビエが最後の拳一突きをお見舞いすると、
「ぐ……ぐわああああああーっ!」
絶叫と共にテレビは果て……バラバラになった。
「さて……目障りなテレビが片付いたところで、そろそろ種明かしをしようか」
余韻に浸った後、アマビエは静かに告げた。
「実は私、この物語の最初から……」
「仮面」を外すと、
「本物のアマビエではなかったんです!」
中から髭面の中年男性が現れたではないか!
「アマビエのように疫病退散が使えるただの人間だったんです……」
衝撃の告白をすると、
「……って、なんでやねーん!」
自分で自分にツッコみ、
「その方が面白いからや!」
それに対して更にツッコミを入れたが、
「どこが面白いねーん!」
ツッコミに現れたのは……
「あ、貴方は!」
本物のアマビエ様ではないか!
「まさか、ご本人様に見つかってしまうとは……」
「たわけ!偽物退散!」
本物が威厳のある一声で退散を唱えると、
「あーーーーれーーーーーーー!」
偽物は瞬く間に消滅してしまった。
「まったく、偽物には困ったもんだ……」
本物はため息まじりに呟いたが、
「まぁ、かくいう俺も偽物なんだけどな!」
着ぐるみを脱ぐとそこから現れたのは人間の若者だった。
「許さん……許さんぞ!」
そこへまたアマビエが現れた。
彼は果たして、本物なのだろうか。
一方、視聴者の皆さんからのリンチを受け続ける中で、
「本物のアマビエ様がお姿を現して下されば、この騒ぎは鎮まるはず。アマビエ様、どうか疫病に苦しむ人間の皆さんにお救いを!」
必死に叫ぶ深夜アニメマンだった。