小説

005-萩に猪

 この国に古くから伝わる花札という遊び、名前だけは知っているという人も多いだろう。花札と一口に言っても遊び方は十種以上、札の枚数は全部で四十八枚とまあ誰もが知るトランプによく似た物と言っても差し支えないだろう。そしてその四十八枚の札に描かれている絵は全てが異なっている。例を挙げるならば季節、というよりかは各月と言った方が正しいか。それ毎(ごと)違った植物をモチーフとして一月から順番に松、梅、桜、藤、杜若(かきつばた)、牡丹(ぼたん)、萩(はぎ)、芒(すすき)、菊、紅葉(もみじ)、柳(やなぎ)に桐(きり)と十二種類がそれぞれ四枚ずつある。杜若ではなく菖蒲(あやめ)、藤ではなく黒豆、萩ではなく赤豆、芒は坊主や柳は雨などとも言われたりするが、まあ今はそのことは置いておこうか。その中でも遊び方の種類を問わず強さのような分類で上から光、タネ、短冊、カスの四種にも分けられる。
 こいこいという名前のゲームで使われる猪鹿蝶(いのしかちょう)という役。猪、鹿、蝶がそれぞれ描かれている三枚のタネ札を揃える役ならば、恐らく名前だけなら君も有名な映画で聞き覚えがあるのではないかな。他にも物事などの終わりを表す『キリ』も一年の終わりである十二月の札が桐であることに由来したり、無視や知らんぷりなどをするといった意味合いで用(もち)いられる『シカト』という言葉も先に挙げた花札の十月に当たる札である”紅葉に鹿”という札に描かれている鹿がそっぽを向いているように見える事が語源で『鹿十(しかとお)』から変化したものであったりする。しかしまあ実はこの『シカト』は本(もと)を正せば博徒(ばくと)、つまるところの賭博(とばく)を常習的に行(おこな)っていた者達の間での隠語(いんご)であったりと今現在の日常的な部分にも、ギャンブルのようなアングラ的な部分にも意外な接点が多く、また奥の深い遊びでもある。

 さて、本題はここからになるが君は『萩に猪』という言葉は知っているだろうか。これは先にも挙げた猪鹿蝶に含まれる猪の札の季節が七月の萩であることから出来た言葉である。古来より萩という植物は『臥猪の床(ふすいのとこ)』として知られている。臥猪(ふすい)とは臥(ふ)せた猪、つまりは休んでいる猪という意味だ。『臥猪の床』の言葉自体の意味は凶暴な野生の獣も萩や萱(かや)などの植物を倒しそれを寝床にして身を休めるというもの、そこから転じて優しげで美しい物と野生で荒々しい物の対比を表す言葉となっている。

 とまあここまで長々と話してはきたが、恐らく君は何故この時間にわざわざこんな場所へと呼び出された挙句にこんな長話をされているのかほとほと疑問に思っている頃であろう。これだけ長く話したのだからここからは単刀直入に言わせてもらう。僕はどうやら益荒男な君の事を好きになってしまったようだ、どうか僕と付き合ってはくれないだろうか。

お餅。

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