お題ゾンビは工事現場で過酷な肉体労働を強いられていた。
「おいこら新入り、もっとリキ入れて働かんかい!」
「は、はいっ!」
「はいじゃねぇだろはいじゃ!」
「はい、すみませんでした!」
心無い現場監督に扱かれ、お題ゾンビは嘆いた。
「こんな生活しなきゃいけないのも、すべてはあのおダイのせいだ……」
悪質ローン会社から莫大な借金と利子の見込みを背負ってしまったお題ゾンビはあの後すぐに別の良心的なサラ金で70万の大金を借り、なんとかその日中に悪質ローン会社へ全額支払って莫大な利子が増えるのを防いだ。
しかし良心的とはいえ、ここでも一週間以内に返済できなければ少しずつ利子が増えてしまう。
そのためには今週中に稼がなければならないのだった。
「お題ゾンビのへたくそー!もっとリキ入れんかーい!」
赤ん坊のおダイはお題ゾンビが身をすり減らして働くのを見て大笑いしながらヤジを飛ばす。
お題ゾンビのおダイへの気持ちは、我が子への愛情から憎しみへと変わっていった。
「誰のせいでこんな目に遭ってると思っているんだ、あの野郎!」
「おダイの趣味は、親不孝。親不孝、楽しーい!」
それを聞いたお題ゾンビはふとひらき、大声で叫んだ。
「いやぁ、働くのは楽しい楽しい。おダイにへたくそと声援をもらえて、もっと楽しい!」
「何だって、楽しい?」
おダイは驚いてヤジを中止した。
親を楽しませてしまっては、親不孝ではなく親孝行になってしまうのである。
お題ゾンビはにやりと笑うと、言葉を続けた。
「おダイがいい子でお父さん嬉しいよ。親不孝な子だったらお父さんを突き飛ばし、代わりに働いたりしちゃうもんなぁ。お前がお父さんの楽しい仕事を奪うような悪い子じゃなくて良かったよ」
それを聞いたおダイの行動は一瞬だった。
「親不孝してやるーっ!」
お題ゾンビを突き飛ばして道具を奪うと、代わりに働き始めたのだ。
「ひひひひ……うまくいったぜ」
こうしてお題ゾンビは親不孝を偽ってあちこちでおダイを働かせ、無事に借金を返済した。
「どうだおダイ、疲れたろう」
「全然」
「あんなに働いたのに?」
「おダイは働いたんじゃない。親不孝しただけ。親不孝はおダイの趣味。楽しい趣味は疲れない」
「成程……」
お題ゾンビはおダイの常人を遥かに超えた体力に感心し、そして反省した。
「体にこたえてないとはいえ、生後一週間の赤ん坊に過酷な肉体労働を押し付けてしまって申し訳ないことをした。ここからは親としてしっかりおダイの面倒を見よう。そのためには……」
「もっと親不孝したい!もっと親不孝したい!」
「親として何とかこの不道徳な趣味をやめさせ、別の正しい趣味を持たせてやらなくては」
「おダイ、父さんはお前にいろんな趣味をもって欲しくない。お前に親不孝以外の趣味を持たれたら、どんなに困ることか」
「よし、親不孝してやる!」
おダイは親不孝のため、親不孝以外の趣味を探し始めた。
「まともな趣味を持てば考え方もまともになり、親不孝にも飽きるだろう」
しかし、まともでない者がまともになるのは難しい。
「おダイの趣味は、暴走運転!」
「こら、赤ん坊が車を運転するな!親はどういう教育をしているんだ。親を呼べ!」
「おダイの趣味は、スプレー落書き!」
「この赤ちゃんヤンキーめ!親はどういう教育をしてるんだ。親を呼べ!」
「おダイの趣味は、パチンコ!」
「当店は18歳未満の方の入店はご遠慮させて頂いております。親を呼んで来い!」
子供によからぬものに手を染め、そのたびに親であるお題ゾンビが被害者から大目玉を喰らった。
「すみません、すみませんっ!」
「お前のせいで父さんあちこちから叱られて、悲しいよ」
「おダイの新しい趣味で親不孝できたか。一石二鳥。やったね!」
喜ぶおダイを横目に、お題ゾンビは大きなため息をついた。
「おダイ、もっとましな趣味を持てないのか?暴走運転やスプレー落書きやパチンコなんかじゃなくて、せめておままごととか、ゲームとか、ブランコ遊びとか……」
「刺激的なことしか興味ない」
「ゲームは刺激的だぞ。悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒していくんだからな。そうだ!ゲームの中の悪い奴らをお父さんだと思い、親不孝のつもりでやっつければ……」
「やっつけるなら本物をやっつけた方が楽しい。おめーん!」
「あいてーっ!」
お題ゾンビの頭におダイの剣道技が炸裂した。
「やっぱり至高は親不孝。おめーん!おめーん!」
「もう嫌だ。こんな仕打ちを受けてまで子育てなんてできない」
身も心もボロボロになったお題ゾンビは決意した。
「俺はもうおダイの父親を引退する。おダイの父親を辞めて、おダイの親分になってやる!」
「お題ゾンビ、親不孝してやる。覚悟!」
「残念だったなおダイ。もう俺はお前の父親を引退した。今日からはお前の親分だ!」
「じゃあ親不孝は」
「親がいなくなったら、親不孝もできない。おダイ、親分の命令だ。酒を持ってこい!」
「嫌だ。親不孝ができないなら、お題ゾンビと一緒にいても仕方ない」
おダイはお題ゾンビの元から逃げ出した。
1人になったおダイは考えた。
「お題ゾンビが親を引退して親不孝ができなくなってしまった。暴走運転やスプレー落書きをすれば、親を呼べと言われる。でも今のおダイには親がいない。これからは親を必要としない趣味を探し、独立した赤ん坊にならなければ……」
おダイはあちこち回って独立した趣味を探したが、興味を惹かれたものはどれも親と金を必要とするものばかりだった。
「金はサラ金で借りて、踏み倒せばいい。でも親はサラ金できない。踏み倒せない……」
おダイは一人になって初めて親の重要性を思い知った。
「おダイの親をやっていて親不孝させてくれた頃のお題ゾンビが懐かしい」
懐かしんだ所で、過ぎ去った日々は戻ってこない。
「父さん」
おダイは初めて父を父と呼んだ。
「おダイ」
振り返ると、そこではお題ゾンビが優しく微笑んでいた。
「親分」
「親分じゃない」
「?」
「父さんだ」
「父さん!」
おダイは優しき父の胸に飛び込んだ。
「親を引退したりして悪かったな。お前がいつまでも言う事を聞いてくれないので一種の賭けに出たんだ。ひとりぼっちの寂しさで、まともになれるんじゃないかって」
「おダイはまとも?」
「あぁまともだ」
「父さん!」
父の胸には、大きなハートが光っていた。
「父さんこれは?」
「子を愛する父の美しい心」
「心?」
それは、おダイが初めて目にするものだった。
「欲しい」
「あげよう」
心を受け取ったおダイは、その美しいものをまじまじと眺めた。
「透き通っていて綺麗」
「だろ?」
心の輝きを前に、おダイの気持ちが動いた。
「おダイにも、趣味ができた」
「どんな趣味だ?」
「心を集めてコレクションする」
「えっ」
「心を集めてコレクションする。おダイは、心マニアになるんだ!」
数日後、おダイは大小様々な心に囲まれていた。
「これは3丁目の永田さんの妻を想う心」
「これは7丁目の宇崎さんの他者への思いやりの心」
こう心で溢れれば、立派な心マニアである。
「もっと集めて真の心コレクターに、心の王様になるんだ!」
親であるお題ゾンビの元には心を奪われた被害者たちが一斉に押しかけてきた。
「俺の心を返してくれ!」
「明日デートなのに、心がないとフラれちゃうよ!」
「会社クビになる!あの赤ん坊を出せ!」
「いや、親であるあんたの責任だ。何とかしろ!」
「ごめんなさい。すみませーん!」
お題ゾンビは頭を抱えてうずくまった。
「美しい心を持って接すれば何とかなるかと思ったのに、逆に心マニアになってしまったとは……やっぱりあいつはまともじゃない。俺もうあいつの親引退したいよ。誰か助けて―!」