「『その美声は森の木々を、そして自然界の鳥や動物たちを癒したのだった。』かぁ。我ながら綺麗なオチだ」
お題ゾンビは物語を書き上げて満足げに頷いた。
「バキューマンのようなトンデモない失敗作を生み出してしまったので今度はおとなしいキャラにしようと無口設定にしたら話が膨らんで書いてて楽しかったよ」
誰も聞いていないのに、一人でぶつくさと呟いてしまうのはお題ゾンビの悪い癖である。
「次はどうしようか……」
お題ゾンビの脳内に様々な人物が浮かんでは消え、浮かんでは消えが繰り返される。
「悩むなぁ」
浮かんでは消える様々な人物は、声を揃えて自分の物語を書くようにと訴える。
「うるさい!」
お題ゾンビはたまりかねて怒った。
浮かんでは消える様々な人物は声を揃えて泣いた。
「泣くな!」
浮かんでは消える様々な人物は声を揃えて歌った。
「歌うな!」
浮かんでは消える様々な人物は声を揃えて笑った。
「笑うな!」
浮かんでは消える様々な人物は……
「いい加減にしろ!」
お題ゾンビはたまりかねて頭を空っぽにした。
「こうしておけば、あいつらのやかましい声を聞かずにすむ」
しかし、それでは話が考えられない。
「頭で考えられないなら……そう、体で考えればいい」
お題ゾンビは頭を使わず、体で考えた。
体で考えると言っても、やり方は体の節々に気を込めるだけの至って単純なものである。
「うーん……悩むなぁ……お題ゾンビは苦悩する……いや、脳が使えないんだから苦悩じゃないな。苦体だ。いいアイデアが出ない……」
その時だった。
お題ゾンビの腹部がまるで風船のように急激に膨らみ始めた。
「な、何だ!?」
驚くべきことは、それだけではない。
膨らんだ腹の中から聞こえるはずがない声が響いてきたのである。
「バブ……バブ」
それは紛れもない赤ん坊の声だった。
「まさか、赤ちゃん!?そんな馬鹿な。俺は男だというのに。男が子供を産めるはずが……第一、その相手も……」
しかし、そんな疑問を抱いていられる余裕はなかった。
「いてててててて!」
激しい腹痛がお題ゾンビを襲った。
「原因ははっきりしていますな」
お題ゾンビの話を聞いた医者は落ち着いて答えた。
「作品作りの生みの苦しみは頭でするもの。しかしあなたは頭を使わず、体を使ってしまった。体を使って生みの苦しみを行えば、当然の結果です」
「じゃあ、お腹の赤ちゃんは……」
「そう。あなたが考えるべき、次の物語の主役です」
「主人公のイメージが決まらなければ?」
「いつまでもあなたが苦しいだけですよ」
「そんなあ……いてててて!」
「お大事に」
「大変なことになったぞ……」
病院を出たお題ゾンビは近くの公園のベンチに座り込むと、事の重大さを思い知って震えた。
「こうなったら小さな生き物にしよう。そうすれば少しでも苦しまずに済むはずだ。ヒヨコとか、いっそアリとか!でも人間の俺からそんな小さな生き物が産めるんだろうか?」
お題ゾンビは主人公のイメージを膨らませた。
「しかし、そこは伝説の作家志望お題ゾンビ様よ。ただ小さな生き物にしただけでは物足りない。どうせならでっかい目的や存在感を持たせてやりたいよなぁ……いてててっ!」
決めてしまわなければ、いつまでも痛みから解放されない。
「お腹の中の赤ん坊か……嫁さんがいなくとも、俺も立派な父親って事なんだな……」
お題ゾンビは痛みに耐えながら、ふと思った。
「そうだ、作者がキャラを作るのも、親が子を産むのも同じ。新しく生まれてくる存在と向き合うことだ。俺はあの時、みんなにいいところを見せてカッコつけたいという下心だけでバキューマンを作った。だからあんな奴が出てきてしまったんだ。親が子を産むように、しっかり愛情を込めれば……」
父となったことを受け入れたお題ゾンビの決意は固かった。
「この程度で死にはしないんだ。少しくらいお産が苦しくてもいい。楽するためにヒヨコやアリなんかを産むんじゃなくて、しっかりとした人間の赤ちゃんを産もう。性別は……男手一つで産むんだから、男の子。キャラ性は特にない。そう、俺の手でこの子を育て、どんな風に育つかはお楽しみだ。でも飽きっぽい俺の性格を考えると、育児放棄の恐れもなくはない。普通の人間よりも自我を持つまでの成長は急激に早い設定にしよう。そして、この子の名前は……」
お題ゾンビは一呼吸置くと、名前を告げた。
「おダイ。楽しいお題に溢れ、元気に育っていけるような子に生まれてほしい……」
キャラが定まった瞬間、腹痛が極まった。
「救急車!救急車!」
「バブ……オギャー……」
苦しいお産の末、とうとうおダイがその産声を上げた。
それはとても可愛らしい赤ちゃんだった。
「醜い俺からこんな子が生まれてくるなんて」
完全な父親となったお題ゾンビは泣いて喜んだ。
看護師たちは驚いてお題ゾンビとおダイの顔をまじまじと見比べた。
「確かにこんな醜いお父さんから、こんな可愛い子が出てくるとはねぇ」
「ああ、愛しの我が子よ」
お題ゾンビが感動していると、医者が冷酷に告げた。
「ご出産、おめでとうございます。それでは出産費を頂きますよ。額は70万ちょうどで」
「そ、そんなあ!お題ゾンビ、貧乏人。そんなお金はありません」
「困りますね。うちはクレジット払いや数回払いは受け付けておりません。この場で現金を払っていただければ、無銭出産として警察へ訴えますよ」
「どうしよう……」
お題ゾンビが困った時だった。
おダイが急に立ち上がると、物凄いスピードのはいはいで外へ飛び出していった。
「ど、どうしたんだ!?おい、待てったら!」
お題ゾンビが慌てて後を追い、
「無銭出産は許さん!待てお題ゾンビ!」
医者と看護師たちが更にその後を追う。
お題ゾンビは医者たちに逃げないよう監視されながらも必死で我が子を探した。
「おダーイ!どこにいるんだーっ!成長が急激に早い設定なんかにするんじゃなかった。今ごろ車に轢かれていたり、海に流されてしまっていたらどうしよう。ああ、神様……」
「もし車に轢かれていたり海に流されていても、当医院を使ってのご出産をした事実は変わりませんのでお代は頂きますよ。おダイだけに。がはははは……」
医者が下らないダジャレで無神経にも爆笑した時、携帯が鳴った。
「はい私だ。……なにっ?……分かったすぐ戻る」
「先生どうしました?」
「いやはや、信じられん。あの赤ん坊が猛スピードのはいはいで病院へ戻ってきたそうだ。現金70万を口にくわえて」
「えっ、おダイが!?」
病院へ戻ると、確かにおダイが70万の現金を握っていた。
「いやぁ、本当に凄い赤ちゃんですよ。生まれて間もないのに、現金70万も用意して頼りない父親を助けてくれるとはね。これは将来が楽しみだ。では出産費70万、しっかり頂きましたよ」
お題ゾンビは激しく感動して泣きながらおダイに抱き着いた。
「おダイ……お前はなんて親孝行ないい子なんだ……お父さん、嬉しくて嬉しくて……」
おダイは可愛らしくふにっと笑った。
「……でもあんな大金、どこで手に入れたんだ?」
するとおダイは初めての言葉を発した。
「サラ金」
「なにっ!?」
「これが請求書」
「どれどれ……げっ!」
請求書に目を通したお題ゾンビは青ざめた。
そこは、1日につき利子が百倍に跳ね上がる悪徳ローン会社だったのである。
それを見たおダイはけらけらと笑った。
「おダイの趣味は、親不孝!」
どうやら、まともな子供は生まれなかったようだった。