「ガオ―ッ!」
虎型戦闘ロボット・タイガーボルテックスが吠え、
「はぁ……」
対戦相手のカケルはやる気なくため息をついた。
「カケル!何をため息なんかついとるんじゃ。もっとやる気を出せ!」
会場の観客席から高宮博士がどなるが、
「うーん、それは難しい話だなぁ……」
カケルは無気力であった。
「全人類を救った事を思えば、なんにも難しいもんか。そいつを倒すだけじゃないか!」
「それが面倒くさいんだよなぁ……」
「じゃあ面倒くさいことをしなくていいように楽にしてやるぜ」
タイガーボルテックスは全人類を救った救世主を倒して我こそがその役目を受け継がんと鋭いツメでカケルを襲ったが、
「なんか、かゆいよそれ」
メンテを受けてますます強化されたカケルには通用しなかった。
「ならば『痛み』を知るがよい。ライトニングセイバー!」
タイガーボルテックスはめげずに自慢の稲妻剣を振るったが、
「おっ、今度は気持ちいい」
剣から流れる高圧電流はカケルにとってはマッサージ感覚のものだった。
「もっとやってよ。気持ち良くなれば少しはやる気も出せそうだ」
「おのれ、コケにしてくれおって……貴様を倒し、この俺の方が最強ロボットの名に相応しいということを思い知らせてくれるわ!」
タイガーボルテックスの怒りは限界に達し、
「グワオーッ!」
更に激しくツメとキバを向きだした姿ー戦闘モードとなってカケルに猛然と挑みかかった。
「痛い!」
この最終攻撃でカケルは初めて「痛み」を感じ、
「痛いなぁ!暴力する奴には、こっちだって暴力で返すぞお!殴る蹴る!」
タイガーボルテックスへパンチとキックの連打を浴びせた。
「ごはぁ!ごはぁ!」
殴られ蹴られたタイガーボルテックスは、もちろん「痛い」どころの話ではない。
「腹部ユニット損傷!胸部ユニット破損!」
脳内プログラムが悲鳴を上げて身体のあちこちのパーツが砕け散る。
「こ、こんなはずじゃない。俺がこんなに弱いはずがない」
「そう。君がこんなに弱いんじゃない。単に僕が強いだけだ」
「貴様……さっきからずっと舐めた態度取りやがって!」
「こういう性格なんだよ。でも気に障ったのならごめーん!おめーん!」
カケルが新たにマスターした剣道技を二発お見舞いすると、
「や、ら、れて、しまったぁ……」
タイガーボルテックスはばったりと倒れて動かななくなった。
「カケルの勝利です!あのタイガーボルテックスをたやすくKОするとは、さすがは全人類を救った偉大な救世主ロボットです!」
歓喜のアナウンスが流れ、
「またそれかぁ……」
「そうです、偉大な救世主ロボットです。そしてその偉大な救世主ロボットを作ったのが、このワシです!」
博士は事あるごとに自慢した。
「もういいよぉ……」
そんな光景にカケルはうんざりである。
「今日もあんなに褒められちゃって、今日もワシの鼻は富士山の如く高ーい!」
試合からの帰り道、博士は上機嫌だったが、
「へーぇ、そりゃ良かったねぇ……」
「なんだカケル、お前は鼻高くないのか」
「別に……ヘぇ勝ったんだ……ってくらいで」
カケルはいつもの調子だった。
「なんだその態度は。もっと勝利に感動し、自分の実力にうぬぼれろ!今のワシみたいに!」
「勝利に感動したり、自分の実力にうぬぼれるの面倒くさいんだよ」
「面倒くさいって、お前なぁ……どれだけのロボットがお前に憧れ、お前のようになりたいと思っているか分からんのか。なのに本人がそんなんじゃ、真面目に憧れているあいつらがあまりに哀れじゃないか」
「じゃあ、そのロボット達の中の誰かに僕の役目譲るよ」
「譲りたくて譲れるもんか!実力というものは、誰かに貸し借りできるものじゃない」
「でも高宮博士は偉大な救世主ロボットを作った天才科学者だろ?実力貸し借りマシーンくらい作れないの?」
「いや、そんな変なものは作れんよ……」
「変なものを作るのが博士って仕事なんじゃないの?変なものも作れないようじゃ、博士失格なんじゃないかな」
「カケル!言わせておけばこいつ!」
「言わせておけば、どいつ?」
「お前だよ!このマヌケが!」
博士はカッとなってカケルに光線銃をお見舞いした。
「わーっ、危ないなぁ!怪我したらどうすんだよ!」
「全人類を救った救世主ロボットが、こんなちっぽけな光線銃で怪我なんかするか!」
「そうとは言い切れないぞ。この僕だって予測不能な力で強くなったんだ。その光線銃だって、突然破壊力が100億倍上がったりするかもしれないじゃないか。大体、そうでなくとも我が子に向けて銃を撃つという非道徳な行為からして……」
「うるちゃーい!全人類を救った救世主ロボットになったからって、何でも思い通りになると思ったら大間違いだ!むしろその力を次の人類滅亡の危機に役立てるために今できる事は何かを考えることがだな……」
「そんなこと言って、博士は自分の栄光しか考えてないだろ」
「そ、そんなことはないぞ!ワシはワシの栄光のことなんて、ほんの少ししか考えてない」
「疑わしいもんだな……あっ、あれはなんだ?」
カケルは突然、上空を指さした。
「あれって何だ?」
博士が上空を見渡し、
「どこにあれがあるんだよ……」
カケルの方を振り返ると、
カケルの姿はどこにもないではないか。
「まさに、あれ?」
「あんなうるさいのに構ってられるか!僕には僕の人生があるんだ。創造主に逆らっておもいっきり青春してやる!」
博士の元から逃げたカケルは、あてもなく走り回っていた。
「僕は自由。僕は自由」
自由を満喫しようとしたが、
「あっ、あれは全人類を救った救世主ロボットのカケル!」
「ほんとだ、全人類を救った救世主ロボットやってるカケルじゃないか」
「バカ、全人類を救った救世主ロボットだぞ。カケルさんとか、カケル様と呼べ」
「あ、そうか。じゃあカケルさーん!こっち向いて―!」
「カケル様ー!サインしてー!」
カケルとすれ違った人々はしつこく追いかけ回してきた。
「やめろ!今の僕は自由を満喫中なんだ。全人類を救った救世主ロボット扱いはもうまっぴらだーっ!」
カケルは叫んで逃げたが、
「なら自由にこっち向いて―!」
「なら自由にサインしてー!」
人々のしつこさは収まらない。
「こうなれば!」
カケルは人々を殴って気絶させようと考えたが、
「みんな僕に殴られたら怪我をして、死亡してしまうかも……」
お人好しに人を殴れるはずがなく、
「ええい、仕方ない!」
ジェット装置で空へと逃げた。
「空からこっち向いて―!」
「空からサインしてー!」
人々のしつこさは異常である。
「ここまで来れば!」
と、思うところに着地したカケルだったが、
「あっ!あれは全人類を救った……」
また通行人に見つかり、
「大丈夫じゃなかった……」
再び飛び立つ。
「理想の着地点はどこなのだろうか」
考えていると、
「あっ、空を飛んでいるのは全人類を救った……」
空を見上げた人々がカケルを見て反応し、
「空を飛ぶのもダメ、着地するのもダメとなると、理想の着地点は……穴の中だ」
カケルは適当な地面に着地して穴を掘ってその穴に潜り、
「おやすみなさーい」
寝ようとしたが、
「これのどこが青春なんだ!青春というより冬眠じゃないか!」
がばっと飛び起きて穴から出るカケルであった。
「うーむ、要するに僕は青春がしたいのか。それなら青春の定義を考えれば答えが見つかるかもしれないな。青春の定義とは……」
考え、
「定義とは……」
更に深く考えたが、
「青春……むにゃむにゃ……定義……グー……」
無教養なカケルには限界だった。
「ハッ」
カケルはしばらくして飛び起きると、
「夢オチはいかん!夢オチだけはいかんよ!」
何やら騒ぎ立てたが、
「あ、まだ話は終わっちゃいなかった」
何やら安心したようである。
一体どんな夢を見たのだろうか。
「それはだね……」
カケルが夢の内容を話しかけた時、
「おっ、ロボットくんじゃないか」
いつの間にか近くに来ていた中年男性がカケルに声をかけてきた。
「わぁ、そっちこそ人間じゃないか!」
カケルはとっさに逃げようとしたが、
「ん?今確かに『ロボットくん』って言ったな。僕を名前で呼ばないという事は……僕の事を知らない人なんじゃないか?」
「知らない知らない。君のことなんか、なーんにも知らない。全人類を救った救世主ロボットやってそうな顔だとか、カケルって名前なんじゃないかなんて、ぜーんぜん思ってない」
「良かったぁ!その2つを思われなければ僕も逃げる必要ないんだよ。そうそう。僕は全人類を救った救世主ロボットなんかやってないし、カケルなんて名前でもない。僕は……そう。ただのゴミ出しロボットなサケルです」
相手が何も知らないと言うので安心してその場に留まった。
「そうか、君はサケルくんか。俺は虎山勝平。平凡なフリーターだ。よろしく!よろしくついでに、一緒に神社へお参りに行かないか」
「神社へお参りか。行ってみようかな」
虎山に連れられてのこのこと神社へ出向いたカケルは、この平穏の中に恐ろしい陰謀が渦巻いているとは知る由もなかった。
虎山勝平は、人生の挫折からこの世の全てを恨んでいた。
「この世を作ったのは神だ。全ての恨みは神に向けよう」
そして虎山はどうしようもない井の中の蛙であった。
「神がいるのは神社。あの地元の神社がなくなれば、この世から神も消える……」
自分の地元以外にも神社はあり、そこにはそれぞれの神様がいる……ということを知らなかったのである。
そんな虎山がテレビで見てしまったのが、カケルとタイガーボルテックスの戦いだった。
タイガーボルテックスの全人類を救った救世主ロボットを倒して最強ロボの栄光を受け継がんとする姿勢に、
「そうか、英雄扱いを受けているあいつを倒せば、あの虎ロボットが最強の存在になれる……ということは、俺が神を倒せば、俺こそが新たな神になれるということだな?よし、ならば神社を爆破して神を倒し、新たな神となってこの世界を作り変えてやる!」
虎山は神社の爆破を企んでしまったのである。
そして更に、
「あのカケルは確かに全人類を救った救世主ロボットだが、相当なマヌケだ。上手いこと利用して神社と自らの体に爆弾をセットさせ、その爆破スイッチを押させる……全人類を救った救世主ロボットがこの世を作った神と心中し、両者を消し去った俺は究極の存在になるわけだ!ふははははは……」
あろうことか、カケルがその恐怖の犯罪計画の主軸となっていたのだった。
そんな裏があるとはつゆ知らず、カケルは虎山に連れられて神社へ到着した。
「分かっていると思うけど、ここが神社だ。神様がおわす神聖な場所だよ」
「うんうん。いかにもおわすって感じで、神聖だなぁ」
「まずはお賽銭をして、願い事を言わないとな」
「願い事かぁ……やっぱりアレだなぁ」
カケルは賽銭箱にお賽銭を入れて手を合わせ願った。
(青春の定義はよく分からないけど、とりあえず青春できますように)
カケルが祈り終わると、虎山は賽銭箱に大酒を投げ入れて手を合わせた。
「神様、極上の甘酒でございます。どうぞご堪能ください」
「わっ、凄い信仰心だなぁ」
(バカめ、あの酒には強力な毒が入っているのだ。神とはいえど、弱らせる程度の事はできるはず。そこをドカンと……)
どこまでも悪い奴である。
「ところでカケ……じゃなかった、サケルくん。これを神社全体に撒いてくれないか」
お参りの形を済ませた虎山はカケルに小さな丸い玉を手渡した。
「これは?」
「神様がご無事であられるよう祈りを込めた御守りだよ。サケルくんにも1つ、いや2つあげよう」
玉はカケルの体にくっつき、
「僕にくっつくということは……この御守り、磁石なんだ」
カケルはその仕組みを知ったが、
(そして超強力爆弾なのだよ……)
そこまでは分からなかった。
「そう、これは磁石だ。磁石は物を吸い寄せる。この玉は特殊なものだから、玉の磁石は幸運を吸い寄せることができるんだ。神様に幸あれと祈って、神社の至る所に配置して欲しい」
「分かった。神社の至る所だね」
「それと、こういうのは誰かに見られては効果がなくなってしまうんだ。周りに注意して、絶対に見られていないと確証してから撒くように」
「ほーい」
こうしてカケルは爆弾とは知らず豆まき感覚で恐ろしい兵器をばら撒き始めた。
「神様に幸あれでございまーす!神様に幸あれでございまーす!神様に……って、声に出しちゃまずいのか」
計画が順調に進み、虎山は上機嫌である。
「へっへっへ。バカほど役に立つものはないぜ。これだけ爆弾があれば神もイチコロよ……」
「何がイチコロだって?」
「うわぁ!」
気が付けばカケルは神社の至る所に爆弾を撒き終えて戻って来ていた。
「いやその、これだけ御守りがあれば厄や邪気もイチコロよ、ってね」
「ああ、そういうことか。それならちゃんと全部撒いてきたから大丈夫。イチコロどころか、ニコロもサンコロもいけちゃうよ」
「おお、そりゃあ頼もしい。それじゃあ今度はこれ頼むよ」
次に虎山が出したのは、爆破スイッチである。
「このスイッチは?」
「今はまだ、絶対に押しちゃダメだよ。これもまた幸運を引き寄せるアイテムで、しかるべき時にボタンを押すと、とても素晴らしい事が起きるんだ。」
「しかるべき時って、いつ?」
「そうだなぁ……えーっと、この分だとあと5分後かなぁ」
「ならもうすぐだね」
「うん、もうすぐだ。そして虎山さんは急に用事を思い出してしまったのだ。悪いけどサケルくん、あと5分したらこのスイッチ押しといてくれないか。神社の外で押したら効果がなくなってしまうので、必ず神社の中で押してくれるように。すぐ戻るから、頼むね!」
虎山はカケルにスイッチを押し付けると、足早に去っていった。
「えぇ~?何だよそれ。あの人、僕に押し付けるだけ押し付けといて自分は何もしないんだから……でも頼まれると断れないのが僕の弱い所だ。仕方ない、5分くらい我慢するか」
その一方で計画が上手くいった虎山は大喜びである。
「5分もあれば安全な場所まで避難できるぞ。もうすぐ救世主が神と一緒にどっかーん、だ。がはははは……」
2分経過し、何も知らないカケルは神社の時計とにらめっこしていたが、
「おうおう、どうしたどうしたぁ?」
「さっさとお金ちゃんを出せば怪我しなくて済むんだぜ?」
神社の外が何やら騒々しいではないか。
「何だ?」
カケルが神社を飛び出して様子を見てみると、
「あっ!」
そこでは入れ墨をした2体の不良ロボットがか弱い少年をいたぶろうとしているではないか。
「これはゲームを買う為に頑張って家のお手伝いして手に入れた大事なお金なんだ!お前らなんかに渡すもんか!」
「ひ弱なくせに威勢だけはいいんだなぁ。なら、世間知らずのお坊ちゃんに人生の厳しさを身をもって知ってもらおうか……」
不良ロボット達がポキポキと腕を鳴らして少年に迫ったのを見て、
「やめろよぉ」
カケルはたまらず両者の間に入った。
「あっ、全人類を救った救世主ロボットのカケルさん!」
「ほんとだ。噂の全人類を救った救世主ロボット野郎じゃねぇか」
「げっ、いやだからそれはその……ええい、この際そんなことはどうでもいい!そこの不良ロボット共。弱い者いじめはやめろって」
「そりゃまた、どうして」
「僕達ロボットは人間の役に立つために生まれてきたんだ。そのロボットが人間を、しかもか弱い子供をいじめるなんてよくないんじゃないかと、思ったりする」
「勝手に思ったりしてろ。俺達はそうは思わねぇ。力で愚かな人間を制し、ひれ伏させてこそのロボットよ!」
「テメェにやられたブラックストライカー000の勇姿を見て俺達も決心がついたのさ。奴の果たせなかった野望を継いでみせるとなぁ!」
「模倣犯というわけか……その手始めに子供を脅し、やがて規模をエスカレートさせて全人類を支配しようとしているんだな。武力のある不良の考えることは、恐ろしい……」
「000を倒したテメェに力で敵うはずがねぇが……」
「動くな!って言ったらどうするよ?」
不良ロボット達は腕をそれぞれ刃物とマシンガンに変形させ、少年に向けて構えた。
「赤の他人がどうなろうと知ったこっちゃないかもしれないが……」
「全人類を救った救世主ロボットがか弱い坊やを平然と見殺しにしたとなっちゃ、栄光もそこまでだよなぁ」
「むしろ全人類を救った救世主ロボットの栄光を捨てられるならこんなに有難いことはないけど……お人好しの僕には、赤の他人でも平然と見殺しにはできない!」
カケルは弱り、
「だろうなぁ。それじゃあ動くなよ。たっぷりといたぶらせてもらおうか……」
不良ロボットは残酷な笑みを浮かべてカケルに迫る。
だが、
「うん、動かないけど……磁力!」
カケルは動かずとも胸から例の強力磁場を流した。
「ぐわあああああっ!」
「しまった、000もこいつでやられたんだったぜ……」
磁場によって苦しむ不良ロボット達の内部メカが故障し、形勢逆転となったが、
「!?」
同時に神社のあちこちに撒いたはずの「御守り」が1つ残らずカケルの体に吸い付いてきたではないか。
「そうか。僕の発した磁力によってせっかくの御守りが全部吸い寄せられてしまったのか……でも、他の磁石は吸い付いてこないのにどうしてこれだけ?」
カケルは少し考え、
「あ、先に2つ僕の身体に付いてたから、同じ性質同士で引き寄せ合ったんだな。じゃあこれは磁石と言ってもNやSじゃなくて、特殊な種類ってことなんだろうか」
答えを見つけると、
「ちくしょう、覚えてやがれ!」
「こんなことで野望を捨てる俺達じゃねぇからな!」
磁場の直撃を受けてボロボロになった不良ロボット達は捨てゼリフと共に逃げ出していった。
「カケルさん、危ない所をどうもありがとうございました!父さんや母さんにカケルさんに助けてもらったってしっかり伝えておきます!」
少年はカケルに感謝したが、
「いやいや、しっかり伝えなくていいから。感謝状やお礼を送り付けられたら面倒だし、通りがかりのゴミ出しロボットに助けられたとでも言っておいてよ。じゃあね!」
「はぁ……」
あくまで人目は避けたいカケルだった。
「……というか、今何時?しまった!虎山さんにスイッチ押すように頼まれてたんだった!」
慌てて神社へ向かいながらスイッチを押したカケルは、
「更にしまった!神社の中で押さないと意味ないんだった!」
追加で後悔したが、
ボカーン!
何もかも消し去る勢いで激しい大爆発が起こった。
「カケルさーん!」
助けられた少年はカケルの身を案じ、
「遂に!遂にやったぞお!全人類を救った救世主ロボットが、この世を作った神と心中しやがったぜえ!」
カケルがスイッチを押すのを今か今かと待ちわびていた虎山は爆発音を聞くや大喜びで飛び出してきた。
「おーい、よく聞けよ愚民ども!今の大爆発はな、聞いての通り全人類を救った救世主ロボット・カケルが神と心中したものだ。もうこの世界に神も救世主もいない!両者を共倒れにさせたのはこの俺だ!これからはこの俺が新たな神となり、世界を作り変えてやるからそう思え!」
我が天下を勝ち取ったりと上機嫌で叫び続ける虎山だったが、
「な、なんだこりゃ!何でまだ神社が残ってるんだ!?」
爆破したはずの神社は爆発の煙の中で確かに原型を留めているではないか。
「するとカケルは磁力で神社中に撒いた爆弾を自らに吸い寄せた上で神社外にてスイッチを押し、自爆したというわけか……?神社の中で押すように言ったのにあの野郎!でも変だな。この近くで全ての爆弾を集めた上で一斉爆発したとなっては、かえって被害も広がりそうなものだが……」
その答えは、煙の中から現れたもので全て分かった。
「いやー、あの御守り、いきなり大爆発なんかするんだもんなぁ。まいったよ……」
真っ黒こげになりながらも、カケルは平然とその姿を現したではないか。
「バカな!俺の爆弾の一斉爆発を全てその身で受けて、無事でいられるはずがない……」
「爆弾だって?そうか、あれは爆弾御守りだったのか……どうやら僕の頑丈な体が爆発の衝撃に耐えたことで、周りに影響は出なかったみたいだね。良かった良かった」
「良くなかった良くなかった……何て丈夫なロボットなんだこいつは……」
虎山がカケルの頑丈さによって自らの大規模犯罪計画が潰えたことを知って崩れ落ちると、
警官がやって来てその腕に手錠をかけた。
「爆発が起きたので何事かと思っていたら、市民から自分が爆発を起こした張本人だと大声でわめき散らしている不審者がいるとの通報があった。犯人は、お前だな」
「とほほほ……結局こうなるのか……新たな神になれると思ったのに……」
情けなく連行されていく虎山の後ろ姿を見て、
「そうか、あの人は悪いヤツだったのか……」
ようやく気付いたカケルであった。
「まさか犯罪者の道具に使われてるなんて夢にも思わなかったよ。世の中って恐ろしいんだなぁ。これ以上恐ろしい事に巻き込まれずに済むようにおとなしく博士の元へ帰ろうかな……」
帰る前に神社へ戻り、
「あーあ、こんなに真っ黒にされちゃって……」
入口の鏡に自分の姿を映して嘆いていると、
賽銭箱が何やらきらびやかに光っているではないか。
「何だ?」
様子を見に近付くと、
「わーっ!」
賽銭箱から放たれた黄金の光がカケルを包み、
「おおっ!」
真っ黒こげの体はたちまち元に戻った。
そして、
「全人類を救った救世主ロボット・カケルよ。高宮博士の言う通り、お前は凄く、偉い……」
謎の声が神社中に響き渡った。
「だ、誰だ?」
「ここは神社だぞ。神社でこのような厳かで神秘的な声が響き渡ってきたら、それは神の声に決まっているではないか!」
「そうか、神様かぁ……爆弾とは知らず、とんでもないものをばら撒いてしまってすまないでおわす!」
「いやいや、むしろ助かったのだ。お前がいなければ、奴は自力で爆弾を撒きスイッチを押してこの神社を完全爆破していたに違いないからな。お前の磁力に救われた。感謝するぞ。こちとら毒入りの酒を飲まされたせいで一時的に神としての力を失い、神社が爆破されるのを指をくわえて見届けるほかなかったからな……」
「そうか、あのお酒には毒が……今思えば本当に悪いやっちゃなぁ、虎山は!」
「まったくだ。奴は愚かにも世界にある神社はここだけで、神様はここにいる私しかいないと思い犯行に及んだらしい。世界に神社がどれだけあり、どれほどの神がいるかも知らんでな」
「常識に疎い僕もビックリなバカですね……」
「うむ。だがこの状況に至ってはあながち間違いとも言えなくてな……」
「と云うと?」
「年に一度、神々の間ではこの世の全ての神様の命の源・神宝石を授かる儀式がある。これは1人1人が神の一員であることの最大の証明となり、これが破壊されてしまえばこの世の全ての神は滅びる。それだけ重要なものを順番に回していく儀式だということだ。そして……」
賽銭箱の中から姿を現した白髭の老人ー神様は、黄金に輝く宝石を手にしていた。
「今日がたまたま、私がその神宝石を授かる日だったのだ……」
「ええーっ!?と、いうことは……」
「そう。お前は全人類を救っただけではなく、全神様をも救った事になるのだ!」
「どひゃーっ!また気が付けば僕はそんな大それたことを……」
「全人類と全神様を救った救世主ロボット・カケルよ。これからお前には、更なる人々の評価と期待が待っているであろう!」
その神の言葉は、爆発騒ぎで現場検証に来ていた警察や野次馬たちの耳に届き、
「おおっ、みんな聞いたか。全人類を救った救世主ロボットのカケルが、全人類と全神様を救った救世主ロボットに格上げしたぞ!」
「すげぇなぁ、カケルさんは何でも救っちゃうんだなぁ」
「カケルさん、こっち向いて―!」
「カケルさん、サインしてー!」
結局カケルが恐れていた事態がエスカレートしてしまったではないか。
「わーっ!だから僕の青春はこういう連中にちやほやされず、自由に生きる事なのに―っ!青春したいと願ったはずが、話が違うじゃないですか神様!」
「はっはっは。お前は青春の定義が分からないと言っていたな。だからその身をもって教えたまでだ。栄光を噛みしめてみんなの人気者として生きること。それがお前の、青春だ!」
「そんなぁ!それは僕の望む青春ではなーい!」
「カケルさーん!」
「ひぇええ、助けてくれーい!」
青春を求めて、迫る群衆から逃げ回るカケルであった。