カケルは戦闘ロボットである。
「そうなのか。僕は戦闘ロボットなのか」
これには自分でも驚きだった。
「てっきりゴミ出しロボットとか、窓拭きロボットとか、良くてもお風呂の方の銭湯ロボットかと思ってたよ。はははは!」
しかし、良い事ばかりではなさそうだった。
「戦闘ロボットなら戦うんだろうな。戦ったら攻撃されて、あちこち故障するだろうな。そんな痛々しい事態に備え、今のうちに絆創膏や包帯を買っておこう」
ずいぶんと情けない戦闘ロボットである。
「絆創膏と包帯ください」
買うと、
「故障してから巻くと大変だから、今のうちから巻いておこう」
まだ故障していないのに全身に包帯を巻き始めた。
巻きおわって鏡を見ると、
「これじゃあ戦闘ロボットじゃなくてミイラロボットだ」
それくらい不気味な姿であった。
「未来(ミライ)製のミイラロボットか……ダジャレのような存在になってしまった」
そのダジャレのようなものに、
「ワッハッハ」
自分で笑ったが、
「虚しい」
それは哀れみしか誘わなかった。
「痛々しくてもいいから、真面目に戦闘ロボットとして生きよう」
決意して包帯をほどくと、
「よく言った!」
白髭の老人が現れカケルを称えた。
「それでこそ戦闘ロボットだ。お前は凄い。お前は偉い」
「あんた誰?」
「お前を作った高宮博士を忘れたか」
「忘れた」
「生みの親を忘れるとは何たる親不孝なロボットよ!さっきの言葉は取り消しじゃ。お前は凄くない。お前は偉くない!」
「何だって?」
カケルはその罵倒にどこか懐かしみを覚えたのである。
「そういえば……」
忘れていたはずの記憶の一部が蘇った。
高宮博士が機械をいじくりながら実験台に横たわる未完成のカケルを製造している。
「さすがワシの作った機械。たった数時間でここまでのロボットを作り上げるとは!お前は凄い。お前は偉い」
称えると、
「オレハエライ。オレハスゴイ。キカイニマカセッキリノポンコツハカセナンカヨリ、ヨッポドスゴイノダ」
機械は調子に乗った。
「な、何だと!?そのお前を作ったのはどこの誰だと思っとるんだ!?さっきの言葉は取り消しじゃ。お前は凄くない。お前は偉くない!お前は凄くない。お前は偉くない!お前は凄くない。お前は偉くない!」
博士が狂ったようにまくしたてていると、
「ウ、ウーン……」
完成途中のカケルが一瞬だけ目を覚ましかけた。
そのはっきりしない頭の中に、
「お前は凄くない。お前は偉くない!お前は凄くない。お前は偉くない!」
博士の罵倒が飛び込み、
「ボク……は、僕は凄くない……僕は偉くない……」
自分に言われているものと勘違いしたカケルの潜在意識にその言葉は刻み込まれてしまった。
カケルが故障を恐れて絆創膏や包帯を買うような弱気な性格になってしまったのは、この時の潜在意識に植え付けられた罵倒のせいである。
「思い出した」
「おお、それでこそワシの作ったロボットじゃ!やっぱりお前は凄い。やっぱりお前は偉い!」
「いいや、僕は凄くない。僕は偉くない……」
「いやいや、そんなことはなかろうて。まぁ今はまだ何も成果を成し遂げたことがないから自分に自信がなくても仕方ないが、今に自信がつくさ」
「どうして」
「戦闘ロボットとして、これから数々の功績を上げる事になるからじゃ。付いてこい」
博士に連れてこられたのはだだっ広い公開闘技場だった。
「何か見せ物があるのかな。楽しみだなぁ」
「ま、まぁ見せ物と言えば見せ物じゃな」
「あ、ちょうどここが二席開いてる」
カケルは急によそよそしくなった博士を気に留めず観客席についた。
「何が始まるのか、楽しみだなぁ」
「そ、そうかい。それはきっと、観客のみんなも同じだと思うぞ。なぁカケル」
「うん?」
「楽しみにしていたことが楽しくなかったら、どんな気持ちになる?」
「そりゃ、ガッカリして暗い気持ちに……」
カケルが答えかけた時だった。
観客がわっとどよめき、大歓声の中でステージに屈強な戦闘ロボットが現れた。
「ホワイトアタッカー315の入場です!雪のように真っ白なボディに、引き締まった人工筋肉、そして背中のジェット装置はどんな未知の力を発揮するのでしょうか。ご存知、玲央汰博士のホワイトアタッカーシリーズ待望の315号機です!」
アナウンスが流れると、
「私がその玲央汰博士です!」
反対側の観客席から一人の老人が立ち上がり歓声が上がった。
「まさかあんなところにステージのロボットを作った博士が座ってるなんて驚いたなぁ」
カケルが目を丸くしていると、
「次は期待の新人戦闘ロボット・カケルの登場です!」
更にカケルの目を丸くさせるアナウンスが流れた。
「戦闘ロボットでカケルだって。僕と同型同名のロボットがいるなんて驚きだね、博士」
しかし博士はそれには返答せず、
「なぁカケル。さっきの話だけどな……楽しみにしていたことが楽しくないなんて、そんなことあってはならないと思わんか」
「思う思う」
「そうかーやっぱりそう思うかぁ。ならば……行ってらっしゃーい!」
あろうことかカケルをステージ目がけて突き飛ばしたではないか!
「あーれー」
カケルはホワイトアタッカー315の目前に落下した。
「いててて……あの変人博士はいきなりなんてことをするんだ……」
立ち上がって博士に抗議しようとしたが、
「待ちに待ったカケルの入場です!カケルは高宮博士の作った凡用系戦闘ロボットで……」
アナウンスが指している「カケル」とは誰でもないこのカケル、自分自身のことではないか!
「えーっ!?僕がこのゴッついのと戦うの―っ!?」
「頑張れカケル。お前にはワシのメンツがかかってるんじゃ。お前は凄い。お前は偉い!」
観客席から高宮博士の身勝手で無責任な応援が届いた瞬間、
ホワイトアタッカー315が人工筋肉を鳴らしながら猛然と挑みかかってきたではないか。
「ひ、ひぇえええええーっ!」
ホワイトアタッカー315は戸惑うカケルに容赦ないパンチを放った。
「や、やめてくれーっ!」
カケルはすんでの所でかわしたが、油断しているとすぐに次の一撃が迫ってくる。
「暴力反対!暴力はいかんよ、おまわりさんに叱られるぞーっ!」
「こら、カケル!何を情けないこと言ってるんじゃ!戦え、戦え!」
博士が身を乗り出して怒鳴ると、
「あんたがあのカケルの製作者?」
隣の席から観客の青年が声をかけてきた。
「まぁ、ざっとそんなところじゃが」
「あんな弱虫の出来損ないを作っておいて、よくそんな風に胸を張っていられるな。親バカ子バカってやつで、あんたが相当なポンコツってことか」
「なにおう!?言わせておけばこの若造!自分じゃ機械の1つも作れないくせにこの天才博士を愚弄するとは許せん!ええい、カケル!お前さえしっかりしていれば、この出来損ない!」
博士のその一言は、弱気になって逃げ回るカケルの心に憎悪の炎をたぎらせた。
「出来損ないとはなんだ、出来損ないとは!そいつの言う通り、僕に至らない所があるとすれば、それは全部生みの親であるあんたが出来損ないだからだぞ!」
「生意気な!そういうへらず口は成果を上げてから、そのスカイなんちゃらを倒してから言え!」
博士は怒りのあまり、カケルに空き缶を投げつけた。
「いてっ!やりやがったな……」
カケルの怒りは頂点に達し、彼は戦闘ロボットとしての本能に目覚めた。
「ターゲット・高宮博士。破壊・破壊・破壊!」
両目から発せられる破壊光線が博士目がけて放たれる。
「ワーッ!」
博士はとっさに身をかわしたが、
「ひぇえええ……」
身代わりになった博士の席は白い煙を上げていた。
「そ、そうだカケル!やればできるじゃないか。その力を、スカイアタッカー315に示してやれ!」
だが、
「偉大な僕を罵倒した罪、永遠に許さない。ターゲット・高宮博士。ターゲット・高宮博士……」
カケルの戦闘スイッチは切りようがなく、再び博士へと光線が放たれた。
「ひーっ危ない!こらカケル!お前という奴は……こうなれば仕方ない。この場で分解だ!」
博士は光線銃を取り出すと、カケル目がけて乱射した。
どれもカケルを直撃したが、
「その程度か。弱いな、博士」
カケルはまったくの無傷である。
「うーっ、この程度なもんか!光線の出力を2倍、いや3倍にしてやる……」
博士は光線銃から、カケルは両目から光線を発射し、たちまち壮絶な撃ち合いに発展した。
これに困ったのは、対戦相手のスカイアタッカー315である。
「どうでもいいが、俺を忘れてもらっちゃ困るぜーっ!」
博士討伐に気を取られているカケルに不意打ちをかましかけたが、
「うるさい!邪魔だ!」
カケルの肘鉄を喰らうと、
「どわーっ!」
豪快に吹っ飛びステージの壁に叩きつけられた。
「おおーっ……」
観客はカケルの秘められた実力に驚くばかりである。
しかし、
「博士、抹殺!」
「何をコシャクな。カケル、分解!」
「抹殺!」
「分解!」
「抹殺!」
「分解!」
当のカケルと博士はそんなことにおかまいなく撃ち合いを続けている。
「い、今のは油断していただけ……そう、まぐれだ……」
スカイアタッカー315はよろよろと立ち上がると、
「フラインガー!」
バックパック状のジェット装置を背中に装備し、
「この俺をコケにしてくれた報い、しっかりと受けてもらおうか。無に帰せ、カケル!」
無数の光弾を発射したが、
「フン!フン!フン!フン!フン!」
カケルは目にもとまらぬ高速の拳で全ての弾を撃ち落とすと、
「邪魔だと言っているのが分からんか!」
胸を開いて装備されているビーム砲をお見舞いした。
「ぎぇえええーっ!」
直撃を受けたスカイアタッカー315は空中で大爆発を起こし、
「やら、れたぁ……」
煙が収まると真っ白だった自慢のボディは真っ黒こげになっている。
黒こげのスカイアタッカー315が落下して倒れると、
「悲鳴を上げながら逃げ回っていた弱気な姿から一転、まさかの大逆転です!この勝負、カケルの勝ち!」
観客の大歓声と合わせてカケルの勝利を知らせるアナウンスが流れ、
「ええい、こんな新人ロボに負けやがってこの失敗作が!覚えていろ高宮!次はもっと強力な最新型スカイアタッカーを作り上げ、お前の鼻をへし折ってやる!」
玲央汰博士は捨てゼリフを残すと足早に去っていった。
「おおっ、カケル!いつの間にか勝ったんじゃないか!やっぱりお前は凄い、お前は偉い!」
「博士、抹さ……え、何だって、勝ったって?」
カケルは会場のただならぬ盛り上がりと博士の褒め言葉で我に返った。
「あっ、あんたこんな真っ黒こげになっちゃって!誰がこんなひどいことを……」
どうやら何も覚えていないようである。
「おめーが……こんなにしたんだろうが……ガクッ」
「えっ、僕がやったのか?何てことだ。僕にこれほどの力があったなんて……」
自分の秘められた力に震えていると、
「続いては、伝説の戦闘ロボットの入場です!誰もが知っているアレに、誰もが知らないアレが存在したとは……」
ぼやかしたアナウンスが観客の期待を高まらせ、
ステージには漆黒の鎧に包まれた戦闘ロボットが重量級の鋼鉄の剣を引きずって静かに歩み出て来た。
「なななんと!ブラックストライカーの初号機・ブラックストライカー000です!お馴染みの001を制作する前に実験で作られ、強大なあまり封印されていた驚異の力が今まさに解放されようとしています!製作者の木場博士はこれほどの脅威を世に放つことに躊躇いを感じられていたそうですが……」
観客席から立ち上がった初老の男性がその木場博士のようである。
「私が木場博士です!実は枠を取っておきながら今さっきの試合直前まで、私は000の力の解放に悩んでいました。しかし、高宮博士のカケルの勇ましい戦いぶりを見て、彼のような好敵手なら000とも互角に渡り合ってくれると信じ、予定通りの投入を決意いたしました次第であります!」
「おーーっ!」
観客たちは歓声を上げて大いに盛り上がり、
「ひぇえええ……」
その盛り上がりはカケルの不安を増大させた。
「そんな凄いロボットを相手にして勝てるわけがないじゃないか。やっぱり絆創膏や包帯を持ってくるべきだった……」
時すでに遅く、試合開始のゴングが鳴り響くとブラックストライカー000は鋼鉄の剣を軽々と持ちあげて猛然と挑みかかってきたではないか。
「ワーッ!危なーい!」
カケルはすんでのところで剣撃をかわしたが、
「!?」
そのボディには深々と傷が刻まれていた。
「剣に触れずとも、その衝撃波だけで傷を負わせるとは恐るべき力です!」
「カケル、何やっとるんじゃ!さっきの勢いはどうした!?」
「さっきの勢いって、どの勢い?」
「ワシを抹殺しようとしたり、スカイアタッカー315を打ち負かした時の勢いに決まっておろうに!」
「そんな恐ろしい勢い、僕知らないよ!」
「なんてこったぁ、さっきあれだけ強かったのは一時的に戦闘スイッチが入っていただけなのかぁ!」
博士は頭を抱えたが、
「そうか、ワシがお前を罵倒し、空き缶を投げたから怒りの戦闘スイッチが作動したんだな。それなら同じ事を繰り返せばいいわけだ。よーしカケル。今から罵倒して空き缶を投げるぞー」
すぐにひらめき、
「カケル―お前は出来損ないだー。お前のような出来損ないにはー、空き缶を投げてやるー。そーれー!」
空き缶を投げた。
が、
「フン!」
その空き缶はカケルの頭を直撃する前に000が鋼鉄の剣で弾き返してしまったではないか。
弾き返された空き缶は博士の頭部を直撃し、
「あいてーっ!」
平凡な痛みをもたらしたが、
「さ、さすがブラックストライカー000の空き缶返し……驚異の威力でワシは致命傷を負った……ガクッ」
博士は大げさに倒れて死んだふりをした。
(こうすればカケルは生みの親を失ったと思い込み、それが怒りとなって戦闘モードへ戻れるはず)
「は、博士!高宮博士ぇええええええええ!」
カケルは思惑通り博士の芝居にひっかかったが、
「わーっ!悲しい悲しい悲しいよーっ!博士がいなきゃ僕は戦えないよーっ!うわああああーん!」
大声を上げて泣き出してしまったではないか。
(いや、泣くんじゃなくて!それを怒りにするんだってば!あーもう、さっきはワシを抹殺しようとしていたくせに何たるザマじゃ……)
000は反省したのか、
「死んだのか。せめてもの弔い。俺がこの手で焼いてやろう」
手から炎を出して博士の全身を焼き尽くした。
「あちちちちちちちーっ!」
火だるまになった博士は大わらわである。
「ワ、ワシはまだ生きとるわ!早く火を消せ!あちちちっちー!」
「なんだ、生きてたか。だが死んだフリをしたお前が悪い」
言いながら消火し、
「びっくりしたよぉ……」
カケルは安堵した。
「こら、カケル!安心なんかするんじゃない。怒れ、怒るんじゃ!」
「え、どうして?」
「ワシは死んだふりでお前を騙したんじゃぞ?腹立たしくはないのか」
「いや、嘘で良かったなって」
「あーもうお人好しじゃなぁ。こうなれば仕方ない。お前は出来損ないじゃ!ポンコツじゃ!粗大ゴミじゃ!」
「ははははは」
「何がおかしい」
「その口の悪さこそ博士だなって。何か安心するよ」
「しまった……ワシが死んだように見せかけたことでワシの大切さを痛感し、何を言われても怒らないようになってしまった……」
「……ところで、そろそろ俺の攻撃を受けてくれないか?」
待ちくたびれた000がカケルに触れると、
「うわあああーっ!」
カケルの体は大きく跳ね飛ばされて宙を舞い、激しい落下の衝撃に襲われた。
「軽く触れた程度じゃないか。そんな大げさに吹っ飛ぶなよ」
「そ、それで軽く触れた程度なら、殴られでもしたらどんなことになるんだろうか……」
「試してやろうか?」
「や、やめてくれぇえええええーっ!」
000は怯えるカケルに容赦なく迫り来る。
「ああ、このままじゃカケルは負けてしまう。何か良い方法はあらんものか……」
博士は必死で考えたが、
「そんなものがあれば苦労せんわい!」
そうなのであった。
「ごはあああーっ!」
カケルは000の容赦ないパンチを受けて再び豪快に吹っ飛び、
「!?」
その胸部は内蔵されたビーム砲ごと粉々にされてしまっていた。
「なんてこったぁ、これじゃあスカイアタッカー315を倒したあの技が使えないじゃないかぁ!」
頭を抱える博士に追い打ちをかけるかのごとく000の蹴りがカケルの横顔を貫き、
「ぐわあああっ!」
今度は肘打ちが背中を砕く。
「この俺の初戦相手ともあろう者が情けない。オラ、立てぇ!」
000は体のあちこちから火花飛ぶ導線を散らして起き上がれないカケルを無理やり立たせると、
「頼むからこの程度で終わらないでくれよ……フン!」
その腹部を鋼鉄の剣で深々と貫いた。
「……!」
剣が抜かれると同時に、カケルはドサリと倒れる。
「カ、カケル―ッ!」
「僅かに内部メカの作動音がしている。まだくたばっちゃいないようだな。当然か。もっと、もっと俺を楽しませてくれよカケル!」
000はカケルの首を掴むと、高々と持ち上げて囁いた。
「カケル。最期にいいことを教えてやろう。お前を破壊した後、俺はこのステージの観客どもを、いや全人類を一人残らず抹消し、我が王国を築き上げるつもりだ。未来の王の最初の犠牲者となれることを誇りに思え!」
「な、何だって……どうして……そんな事を……」
「これだけの力があるからさ。俺は人間なんぞの言いなりで終わっていい器ではない。世界を支配し、歴史に名を残すべき偉大な存在だ。……たっぷり楽しませてもらったから、そろそろ終わりにするかな。さらばカケル!」
000が容赦なくカケルの首を掴む手に力を込めると、
首の機械が全て破壊され、胴体との繋がりを失ったカケルの頭部はごろりと崩れ落ちた。
「カケル!カケル―!」
高宮博士は悲しみ、
「000!お前は何てことを……限度というものが分からんのか!」
木場博士は怒ったが、
「たわけ!戦いは勝利こそ全て。敗者は負け犬だ。どんな無惨な最期だろうと文句は言わせん!」
000は無情にもカケルの頭部をサッカーボールのように蹴飛ばした。
「……やはりお前を世に出したのは私の誤算だったな。この場で廃棄処分だ!」
木場博士が四角い小型装置を取り出して中央のスイッチを押すと、
「うおっ!?」
000の全身に高圧電流が流れ、
「ぐわーーーっ!」
その体は大爆発を起こした……
はずだったが、
「ふははははははは……」
煙の中から姿を現した000は無傷ではないか。
「愚かな人間なんぞにこの俺が壊せるものか。俺の性能は開発者であるお前の想像を遥かに超えているのだ。今こそ全人類を抹消し、我が王国を築き上げし時!」
000の本性を知った観客たちは一斉に逃げ出したが、
「ドアが開かない!」
のである。
「この会場の構造データは全て把握した。全てのドアには自動ロックをかけさせてもらったよ。まぁ安心しろ。この会場から出てどこへ逃げようと、どのみち俺の手にかかって全人類仲良く死滅することには変わりないのだ。2、3日長生きするかどうかだけの話だ……」
000が観客一同に剣を向け会場が最大のパニックに陥ったその時、
壊されたカケルの体が深紅に輝き出した。
「何だ?」
その輝きに包まれたカケルの全身の傷は修復されて新しい首パーツが生え、
遠くに転がっている頭部を磁力で引き寄せると、首と頭部は再結合を果たして立ち上がった。
その体が再び深紅の光に包まれると、
光の中から真っ赤なボディを持つ勇ましい戦闘ロボットが姿を現したではないか。
「カケル……?お前、本当にカケルか?」
ボディが赤に変わっただけだったが、そこから発せられる強者のオーラはあの弱気なカケルからは想像もつかず、戦闘モードの時ともケタ違いのものだった。
「本当に僕だよ、博士。体色が変わったからといって名前もサケルやタケルに変わったわけじゃない」
戦闘モード時とは違い、強者のオーラを発しながらも自我を保てているようである。
「貴様がカケルのままだということは、戦闘力もあの程度なままなはず。何度甦ろうが叩き壊してくれるわ!」
000が自慢の鋼鉄剣で斬りつけると、
「イテッ!」
カケルは確かにダメージを負ったが、
「痛いじゃないか。何するんだよぉ!」
たやすく殴り返す姿を見るにそこまで効いていないようである。
「ごはーっ!」
むしろダメージが大きいのは大きく吹っ飛ばされた000の方だった。
「こっちこそ叩き壊してやる。磁力!」
カケルが両手を広げると、胸から強力な磁場が流れ000の内部メカを狂わせた。
「な、何だこの電磁波は!?頭が、体が、まともに機能しない!」
「カケルくんお手製の強力磁力だ。これをまともに浴びれば全ての内部メカが狂い、放っておいてもスクラップになる……らしい」
「そ、そのらしい、ってのはなんだ」
「いや自分でも、よく分からないんだけどね」
間の抜けた性格はそのままでも、今のカケルの実力は相当なものだった。
「自分でもよく分からないけど……お前を殴る!蹴る!」
パンチとキックの連打で、000の装甲を立て続けに破壊していくではないか。
「自分でもよく分からないなら……俺を殴ったり蹴ったりするなぁ……」
「いや、お前は全人類抹消を企む悪いロボットだから、自分でもよく分からなくても殴る蹴る!」
「わ、分かった。それなら俺はもう、全人類抹消を企まない」
「そうか。じゃあ僕も殴る蹴るをやめる」
カケルが攻撃を中止すると、
「……俺は確かに全人類抹消を企らまないぜ。野望の妨げとなる貴様をスクラップにするまではな!」
000は不意打ちの斬撃でカケルの急所を狙ったが、
「じゃあ残念だけど全人類抹消は、無理だな」
カケルは両肩からキャノン砲を出現させ、斬撃が届くより0、01秒早く000を撃った。
「ぐおーっ!」
直撃を受けた000は大破……
したかに見えたが、
「ま、まだだ……我が王国を築き上げるまでは、決して倒れん……」
全身の内部メカを露出させてフラフラになりながらもなお、しぶとく立ち上がるではないか。
「最後にして……最強の……この一撃、受けてもらおうか……フン!」
000が鋼鉄剣に自らの体内コードを接続すると、
「うぉおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっ!」
剣に全身から発せられる凄まじいエネルギーがみなぎり、
「最期だ、カケルゥウウウウウウウウウウ!」
刀身は巨大なエネルギーの光となって会場内を黄金に染め上げる。
「最期なのはたぶん、そっちじゃないかと思うなぁ……」
カケルはあいまいに呟くと、
「たぁ……」
背中のジェット噴射装置を利用して天井高くまで飛び上がり、
「やぁあーっ!」
そこから強烈な急降下キックを放った。
キックの威力がカケルを真っ二つに斬り裂かんとするエネルギーの刀を打ち破り、
「カケルスマ----ッシュ!」
鋭い蹴りの一撃を000にお見舞いした!
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああーっ!」
000が会場を震わすほどの絶叫と共に大爆発を起こすと、
スマッシュの直撃を受けてバラバラになったその全身が会場に散らばった……カケルの勝利である。
「気が付けばまた勝ってしまった……そして全人類を救ってしまった……らしい」
カケルが他人事のように呟くと、
「カケルの勝利です!全人類抹消を企んだ000を倒し、我々人類を、この世界を救ってくれました!」
アナウンスと共に会場内は大きな歓声に包まれた。
「よくやったぞカケル―!これでワシは偉大な英雄ロボットを生み出した天才科学者じゃー!お前は凄い!お前は偉い!」
カケルはその時はじめて分かった。
「そうなのか。僕は凄いのか。僕は偉いのか……」
「いやはや、戦いに勝つばかりかついでに全人類まで救ってくれちゃって、今ワシの鼻は富士山よりも高ーい!」
表彰式を終えて闘技場を去る帰り道、博士は何度もカケルを称えた。
「僕も我ながら、全人類救っちゃうとは思わなかったよ、はははは」
「それにしても本来なら破壊されたらそれでおだぶつなはずが、お前の場合そこからが本領発揮だからなぁ。あの蘇生プログラムの原理は開発者であるワシにもさっぱり分からんよ」
「自分である僕にも分からんよ。どうなってるんだろうね?」
しかし、カケル自身は薄々気が付いてはいた。
000に破壊され、機能停止して意識を失いかけたその時……
カケルの脳裏に、開発時の潜在意識に植え付けらえた博士の罵倒が響き渡ったのである。
「お前は凄くない!お前は偉くない!お前は凄くない!お前は偉くない!」
その言葉で再びカケルの戦闘モードが起動する。
(偉大な僕を罵倒した罪、永遠に許さない。ターゲット……ターゲット……)
しかしその状態で起動したところでもはや手遅れで、頭部がごろりと崩れ落ちると共にその意識は失われた。
機能停止間際に溜まった莫大な怒りのエネルギーは戻る体を失って蒸発しかけたが、
戻る体を失ったという怒りが怒りのエネルギーを更にパワーアップさせ、
倍の大きさとなった怒りのエネルギーは破壊されたカケルの体へと戻った。
その体は怒りのエネルギーによって深紅の姿へと変わり驚異の力で再生を始めたが、
肝心なその心は怒りに支配されたままである。
(偉大な僕を罵倒した罪、永遠に許さない。ターゲット・高宮博士。ターゲット・高宮博士……)
だが体の回復と共に潜在意識ではない本来の自我も僅かに働き出し、
(ターゲット・高宮博士……は、その口の悪さこそ博士だなって。何か安心するよ……)
カケル本来の穏やかな心が戦闘モードの意識を塗りつぶし、結果として強化された力と確かな自我の両立に至ったのだった。
開発時の博士の罵倒と対決時の死んだふりが思わぬところで実を結び、究極の英雄ロボットを生み出したのである。
「まぁそんなことは戦いを続けていればいずれ答えは出るか。これからも頑張ってくれよカケル!」
博士は応援したが、
「えーっ!?もう戦いはいいよぉ……全人類救ったんだから、それでおしまい!」
本人は至って消極的である。
「何を言うか。全人類を救った英雄だからこそ、その高い戦闘能力を評価されて数々の試合に出場することになるんじゃないか。お前のような最強ロボットが負けるはずがない。それに、ちやほやされるのはいい気分だろ?」
「そうだけど、もう殴る蹴るの人生に疲れたよ。もっと平和に生きてみたい」
「これだけの実力を持ちながら、なんと情けないヤツ。戦闘ロボットは戦いに生きていればいいの!」
「だからもう面倒くさいのは嫌なんだって。ワーッ!」
カケルは叫んで逃げ出し、
「こら待てっ~!」
博士は追った。
「ああ、やっぱり僕の性格としては窓拭きロボットやゴミ出しロボットの方が向いていたかも……」
全人類を救った英雄となっても、カケルはやはりどこか抜けているロボットなのだった。