小説

土とともに #8(「ポペラヒルク」に到着)

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 あれから5分くらい歩いただろうか、気づけば「土界人」とすれ違うことが増えてきた。さきほどまでの静けさが嘘のような、一体どこから現れたんだと思うくらい多くの「土界人」が行き交うようになっていたのである。すれ違う彼らはみな、現実世界の人々と大差ない風貌をしていた。こんな人混みの中を歩いているとますます、「異世界にいるんだ」という意識は薄れていく。現実世界にいるのとなんら変わりない空気がここには漂っていた。活気ある雰囲気に無理やり入り込んでいく気がした。
 そんな、人が多く行き交う中、僕はさっきの出来事にいまだ戸惑っていた。初めて出会った「土界人」が、いきなり僕の正体を感づいている様子だったからである。最初からそんな経験をしてしまったものだから、「実は今すれ違っている人たちは皆、自分の正体に気づいているのではないだろうか」と不安になっていた。そのせいか、やけに視線を感じる気がする。
 しかし、実際目立っていたのは「神」の方だった。なぜなら周りの人々が「僕と同じような服装」であるのに対し、彼の服装は「キトン」なのだから。いくら正体を隠しているとしてもあの服装では無理がある。しかし、当の本人は全く気にする様子もない。彼が平気だとしても、一緒にいる僕は全く平気ではない。だからといって、解決策があるわけでもないので僕はただただ彼に付いていくしかなかった。そんなこんなと歩いているうちに、「ようこそヒルクへ!」という大きなアーチ看板が見えてきた。
「着いたぞ、ここが「ポペラヒルク」だ。」
 彼は言った。ようやく着いた…ここが「ポペラヒルク」…遠くから見た時は入口近くにある少し高い建物しか見えなかった。だが、実際に近くまで来てみると、ここは「丘」のように高低差がある地形であることが判明した。アーチ看板をくぐってから100mほどは小さな商店が並んだ「商店街」になっているのだが、少し先に行くと階段がありかなり下の方まで続いている。下の方には10階くらいはありそうな高層な建物が立ち並び、「ビル街」のようになっていたのだった。確かに、これは「都市」だ… さっきまでの自分の思い込みが恥ずかしくなった。
「ここは商店が数多くあることで有名だ。毎日、各地から訪れる買物客で賑わっているのだ。」
 彼は僕の心内に補足するように説明した。
「そして、この世界の大半の情報もここに集まってくる。今この世界で何が起きているかあらかた確認できる。後で確認しに行こうか。だが、まず先に「彼」に会いに行かねばな。」
 そうだ、ここに来るまでに色々ありすぎてすっかり忘れていたが、ここに来た目的は「200年前に来た空人」に会うためだ。「彼」がこの世界でどのような生き方をしているのかすごく気になる… そもそも「200年前の人間」と関わること自体現実世界では不可能なのだから、それだけでもかなり不思議な体験と言えよう。言葉が通じるかは分からないが。彼は説明を続ける。
「ここは大きく分けて、「商店街エリア」と「ビル街・居住エリア」の二つのエリアが存在している。居住エリアは更に1番街~6番街と6つの地区に分かれているのだ。「彼」はその中の4番街に住んでいる。」
なるほど、ここはそういう風に区切られているのか…
「では向かおうか。今日は普段よりも人が多い、私から離れぬようにな。」
 彼は僕にそう忠告をして歩き始めた。先ほどまでの人混みもなかなかのものだったが、この辺りはそれですら比べ物にならないほどの人で溢れかえっていた。もう少しこの辺りを見てみたかったが、とてもそれどころではなかった。一瞬でも彼から目を離すと、人の波の中でもみくちゃにされ進むべき方向すら分からなくなるからである。実際、僕たちがどういう道のりで進んでいるのか全く分からない。ひたすら彼の背中を追い続けることしかできない。
 それから数分…いや数十分くらいだろうか、入口からしばらく歩いた気がする。先ほどの人混みを無事に進み抜け、気づけば低めのオンボロアパートが目立つ閑静な住宅街を歩いていた。ここがさっき説明された「居住エリア」のようだ。高層ビルが向こうの方に見える。
「大通りから一歩裏に入っただけでここまで雰囲気が様変わりするのか…」
 この世界はたびたび現実世界と通ずるような箇所が出てくる。そのたびに、過去の記憶を思い出してしまう。基本的に良い思い出はでてこない。大半が嫌な記憶だ。ようやく忘れられたと思ったことも、この世界にきてからはたびたび思い出してしまうのだった。この光景もどこかで経験した嫌な記憶と結びついてしまう。
「着いたぞ。ここが「彼」が住んでいる建物だ。」
 僕が何かを思い出す前に「彼」の住む家に到着した。外見は完全に現実世界のアパートと同じだ。
「彼はここの3階に住んでいる。ついてきなさい。」
 そういうと彼は、目の前にあった階段を上り始めた。階段を上りながら彼は言った。
「そういえば「彼」の名前を伝えていなかったな。「彼」の名前は「ディルノ・マハ」。本来の名前ではないが、この世界では「空人」の名前は使えない。だからこの世界での名前を我々が授けた。」
 ディルノ・マハ… 「空人の名前は使えない」と言っていたが、200年前の海外に一人はいそうな名前だ… 何が違うのか僕には理解できなかった。僕は質問した。
「それじゃあ僕の名前もこの世界では使えないってことですよね?」
 僕も「空人」なのだから、当然そういうことになる。
「あぁ、君にも「この世界での名前」を授けねばならぬな。だがまずは、「彼」に会ってからだ。」
 と話してるうちに「彼」の家の前に着いた。外見だけでなく、扉や通路なども現実世界と同じ雰囲気だ。ただ、現実世界でよく見るオンボロアパートが木造であるのに対し、この世界の建物は種類を問わず質感が似ている気がした。「神」は扉をたたいた。そして声を張って問いかけた。
「ディルノよ、居るか?」…
 しかし返事はない。彼はもう一度扉をたたく。相変わらず反応はない。
「どうやらまだ帰っていないようだな。」
 ディルノさんは不在なようだ。僕はようやく会えると期待を膨らませていたが、なんだか裏切られた気持ちになった。
「仕方ない、ここは一度時を改めよう。」
「神」はそう言うと階段へ向かい、下り始めた。僕も彼に続き階段を下った。ここで「彼」に会えないとするなら、この後はどうすればいいのだろう… などと考えていると
「やはり一度「あいつ」に会う必要があるな…」
 と呟く彼の声が聞こえた。また新しい人物が出てきそうだ。そして彼は僕に言った。
「ここでディルノに会えない以上、我らは他をあたるしかない。そこで別の人物の元へ向かおうと思う。今度は必ず会えるから心配することはないぞ。」
 ディルノさんに会わせることができなかったことに対してどこか申し訳なさを感じているのだろうか、彼はいつもより少しだけ自信がない面持ちで言った。彼からここまで気遣われるのは初めてだった。そういう対応をされるのが逆に申し訳なく感じた僕は、彼にこう伝えた。
「今「彼」に会えなかったことに関しては少し残念ではあります。でも、別にそこまで気にしてはいないから大丈夫です。」
「そうか、だが会わせる約束をしていたからな、いますぐ実現できなかったことに関して私は非常に気にしているのだよ。」
 彼はなぜか「いますぐ」にこだわっていたらしい。まぁ、「彼」が今ここにいない以上、どうすることもできない。
「そこに対して僕は何とも言えませんが… ちなみに、「別の人物」というのはどういった方なんですか?」
 僕は話を切り替えた。これ以上引っ張る必要はないのだから。
「あぁ、そうだな。今度会わせたい人物は、この大陸担当の「神」… 「ポペラ大臣」だ。本当であればディルノに会わせた後に会わせる予定だったが、順序が逆になるだけのことだ。」
「ポペラ大臣?」思わず声を出してしまった。「神」なのに「大臣」… 「空の世界」では決してありえない立ち位置だ。これも「神たち」が「土界人」の人々とともに過ごしているが故の呼び名なのだろう。彼は続けた。
「あぁ、この世界では大陸担当の「神」はみな、大陸の名前と「大臣」を組み合わせた呼び名で人々に知られている。もっとも、私を含む3名の「神」は人々には知られぬ存在だがな。」
 僕はそう説明されてふと疑問に思った。今目の前にいる彼の名前はなんなのだろう… ここまで僕の中で「神」は彼一人だったが、「ポペラ大臣」に会うとなると彼のことはなんと呼べばいいのだろう。いままで彼の名前を呼んだことは一度もない。僕はそれを問いたかったが、そんな間もなく彼は話し続ける。
「それでは「ポペラ大臣」の元へ行こう。彼はビル街にある「総合舎」にいる。」
 そう言って彼は歩き始めた。僕は疑問を口にできないまま彼に続いて歩き始めた。気づけば辺りは暗くなり、ここ一帯の「街灯」が灯り始めていた。

#9へつづく

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