小説

土とともに #10(「ポペラ大臣」との初対面)

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建物に入ると、暖色の光が優しく灯っていた。
「こんばんはー」
 受付に立っていた女性がこちらに声をかけた。
「どうも。」
 「神」は返事をする。
「今回はどういったご用件でしょうか?」
 どうやら彼の正体は受付の人でも分からないらしい。彼は用件を述べた。「あぁ、「大臣」に会いたくてな。」
「なるほど、「大臣」への面会をご希望ですか。失礼ですが、ご身分を証明できるものはお持ちですか?」
 いくら身近に生活しているとはいっても、最低限の安全管理はしているらしい。
「あぁ…どうしたものか…今日、身分を証明できるものは持っていないのだ。」
「そうですか…そうなると、申し訳ないのですが「大臣」との面会は無理ですね…」
 その言い方は、申し訳なさは感じられたが明らかに「空の世界」よりもはっきりと言い切る形だった。
「むぅ…どうしたものか…」
 彼は結構困っていた。自分の正体を伝えたところで信じてもらえるわけでもないだろうし、だからといってこのまま身分が証明できなければ「大臣」には会えない。どうするんだろう…この状況はまずい。そんなことを思っていると
「その人は大丈夫だヨ。」
 と、どこからか声が飛んできた。声のした方へ振り向くと、アロハシャツのような服を羽織りサングラスをかけた40代くらいのイカした男性が立っていた。
「大臣!」
 受付の彼女はそう言った…というか叫んだ。この人が「ポペラ大臣」?なんか自分のイメージと全然違う…彼は彼女に言った。
「彼は僕の知り合いだからサ。通してあげてヨ。後、お連れの彼もネ。」「は、はぁ…分かりました…」
 そう言われると彼女は、少々戸惑いながらも手続きをしてくれた。
「それでは、どうぞ。」
「ありがとう。」
 「神」はお礼を告げると、「大臣」の方へ近づいた。
「それじャ、こっちだヨ。」
 彼はそう言い、関係者のみが立ち入れる区画へ案内してくれた。僕は去り際に彼女にお辞儀をし、そして早足で彼らを追った。部屋に向かう最中、彼らは談笑していた。
「こう会うのは久々だな。」
「そうだネ。前回の「会議」からもう何年くらい経つのかネ。」
「そうだな…何年どころか何十年も前になるな。」
「そっカ、もうそんな経ってしまったカ…」
 詳しくは分からないが、結構な期間会っていなかったようだ。目的の部屋にはすぐに着いた。
「さァ、ここが僕の部屋ダ。」
 そういうと扉を開けてくれた。
「うむ。失礼するよ。」
「失礼します…」
 部屋に入ると大きいソファーが二つ、向かい合って置いてあった。その間に少々大きめのテーブルがある。部屋の壁は茶色でところどころに木目が見える。天井は白く、模様はない。床は壁と同じ茶色だが、壁よりも木目が多い感じだ。全体的に落ち着いた雰囲気の部屋だ。
「そこに座りなヨ。」
 彼はソファーを指しながらそう言った。
「はい、そうさせてもらいます。」
 僕は彼に言われた通りソファーに腰をかけた。「神」も僕の隣にくる形で腰をかけた。
「少し待っててネ、飲み物を持ってくるかラ。」
 そう言い、「大臣」は出て行ってしまった。
「ふぅ…」
 僕は大きくため息をついた。ようやく一息つける…こんなに目まぐるしい一日は入社1年目の頃以来、初めてのような気がする。今まで気づかなかったが、身体はかなり限界のようだ。あちこちが筋肉痛でじわじわと痛む。しばらく静かな空気が流れた。と、「神」が静かに口を開いた。
「すまぬな、少し歩かせすぎた。迎えをよこせばよかったがどうもうまく連絡がとれなくてな。」
「迎え?」
「あぁ、本当は着陸したところへ迎えに来てもらうよう要請していたのだが…今日が「大安売り」の日だということをすっかり忘れていた。」
「あの、今更なんですが…「大安売り」ってなんなのでしょう?」
 タイミングが遅すぎる気もするが、とりあえず聞いてみる。
「あぁ、「大安売り」とはここ「ポペラヒルク」で一年に4回行われるイベント…まぁ「町おこし」のようなものだ。当日はこの大陸だけでなく、各大陸からも人々が集まるのだ。だから、当日はその人々を誘導するという大仕事が「ポペラ大臣」には課せられる。今日はそんな日だったから、連絡がとれなくても仕方がなかったというわけだ。まぁ、私は忘れていたわけだが…」
 そういうことだったのか。まぁ、歩いて1時間半程度の距離だったからまだよかったかもしれない。これが何日もかかってしまう距離だったら僕はもうとっくに倒れてしまっていただろう。そんな話をしていると、「大臣」が戻ってきた。
「お待たセ、飲み物はお茶でもいいかナ。」
「はい、大丈夫です。」
 彼が出してくれたのは、「空の世界」となんら変わりない「緑茶」だった。湯気がたっている、温度は飲み頃のようだ。フゥーとお茶に息を吹き、一口飲んでみた。ゴクッ…おいしい…「空の世界」で飲んでいたものよりおいしく感じる。何が違うかは分からない。ただ自分の喉が渇いていたからだけなのかもしれない。理由はなんであれ、おいしいことに変わりはないのでごくごくと飲んだ。
「おやおヤ、相当喉が渇いていたようだネ。」
「あぁ、ここに来るまでものを口にする暇さえなかったからな。」
「なんでそんな急ぎ足で来たんだヨ?彼のことをもっと気遣ってあげなヨ。」
「私だって時間に余裕があるわけではない。それに、ここに来る途中どうしてもはずせない用事ができてしまったしな。」
 はずせない用事が出来た?ここに来るまでに色々あったが、どれがそれに当てはまるのか、僕には分からなかった。などと考えていたが、彼らはなぜか急に静かになった。そしてお互いの目を合わせ、少しの間見つめあった。「大臣」が口を開いた。
「…なるほどネ、理由は分かっタ。それは確かに急がねばならないネ。」
 彼はさきほどの「神」の発言に対して何かを理解した様子だった。すると、「神」が僕に体を向け言った。
「すまないが、私が行動を共にできるのはここまでだ。ここから先は彼を頼ってくれ。」
 それはあまりにもいきなりな展開だった。
「えっ…?」
 僕はおもわず驚きの声を漏らす。まさかそんなことを言われるなんて全く思っていなかったからだ。
「君がそう思う気持ちは分かる。君にまだ伝えられてないことが山ほどあるしな。」
 そう、彼に聞きたいことはまだまだたくさんある。
「だが、今この世界には私でなければ解決できない大きな問題が発生している。それを解決できなければこの世界の存続に関わってしまうのだ。」…
 なるほど、明らかにそっちの方が優先度は高い。
「だから、申し訳ないが私はここまでだ。今までのことは全て、彼に引き継いである。気になることは彼に聞くと良い。」
「分かりました…ここまで本当にありがとうございました。あなたにしてもらったことはどれも、感謝してもしきれないことばかりです。」
 そう、この世界に来てから彼には色々と助けてもらった。最初の方は少し冷たくも感じたが、だんだんと温かい言葉をかけてくれるようにもなった。それで、ようやく「心が開ける相手」だと想えるようになったのに…僕は肩を落とした。彼は、そんな僕を励ますようにこう言った。
「大丈夫だ。君はこの先、色々な人々と関わることになるだろう。そうしたら解決できることが増えるはずだ。だからまずはディルノに会うのだ。」
 確かにそうだ。今は「彼」に会うことが目的なのだ。ここで立ち止まってしまっては「空の世界」へ帰る方法も見つからないだろう。僕は、彼の思いやりに感謝をしつつ返事をした。
「はい、もちろんそのつもりです。必ずディルノさんと会って、彼から色々な情報を聞きたいと思います。」
 彼はその言葉を聞くと、安心したような表情を浮かべさらにこう言った。
「あぁ、くれぐれも気をつけてな。この世界は安全な場所ばかりじゃない、君が余計なことに巻き込まれないことを願っているよ。」
 余計なこと?巻き込まれる?そんな可能性が今のこの世界にはあるのだろうか。
「それでは私はもう行く。あとは頼んだぞ。」
 彼は「大臣」にそう言うと足早に部屋から出ていった…それは、とてもあっけない別れ方だった。彼とはまた会えるのだろうか?そんな疑問を心の片隅に抱きつつ、僕はこの世界の謎へ足を踏み入れていくのだった。

#11へつづく

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