独裁者ボコのしょうもない野望を喰い止めた自分の名前に悩んでいる謎の戦士は、相変わらずまだ自分の名前を決められていなかった。
「太郎がいいかな……いや、六郎の方がいいだろう。いやいや、そんなんじゃないんだよ。グレート大魔王86世とか……なんで86なんだ?待った待った。正義の戦士に大魔王はないだろう。じゃあ何が良いのかというと……うーん、分からん!とにかくなんかカッコいいやつ!」
大声でぶつくさ言い続けたところで、一向に良い名前は浮かばなかった。
「何とかマン参上!何たらマン見参!俺の名前は、何とかー!……ってなわけにもいかんし……何とかならんかなぁ」
うんうん唸りながら考えていると、
「おーい、俺の名前!佐藤拓郎!戻ってこーい!」
「私の風間美香ちゃん!戻ってきておくれー」
何やら辺りが騒がしいではないか。
「ぬ?」
自分の名前に悩んでいる謎の戦士が声の方を振り返ると、
「わっ!」
何と「佐藤拓郎」「風間美香」「鈴木守男」といった立体文字があちこち飛び交っていた。
「ほぇえ……」
自分の名前に悩んでいる謎の戦士が呆然としていると、
「捕まえたりー!」
近くで人相の悪い中年男が1つの名前を捕まえていた。
「これで今日から俺は『斎藤武夫』だ!さっきまでのダサい本名『駄差川 駄差五郎』ともおさらばだぜぇ!」
「なるほど、ああやって他人の名前を捕まえればそれを自分の名前にできるのか……丁度いい!それじゃあ俺も、適当ないい名前を捕まえよう」
自分の名前に悩んでいる謎の戦士はその気になって近くを漂う立体文字をチェックしたが、
「『佐々木希男』『堀秀樹』『北岡幸次郎』『村川吉太』うーん、どれも何というか、普通の人間の名前だなぁ。違うんだよ。俺はヒーローなんだよ。もっとこう、ヒーローらしい名前ってもんが……」
どれも戦士には合わない名前ばかりである。
「次は何だ?『ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング』これもまたありきたりな名前だよなぁ……って、ええっ!?」
反射的に見送ってしまったが、
「いやいやいやいや、めっちゃ俺向きの名前やんけ!ジャスティスまで付いてるし完璧な理想の名前やんけ!何としてでも捕まえたるーっ!」
慌てて追いかける自分の名前に悩んでいる謎の戦士……ならぬ、ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング候補の戦士だった。
だが、
「そうはさせるか。ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングになるのは俺だーっ!」
「いえいえ、おいらでござんす!」
「違ーう僕ちゃんだぞい!」
彼以外にもその栄光の名前を狙う者は少なくなかった。
「パッと見たところ、お前らはただの一般人ではないか。それに比べて私のこのヒーローヒーローした成り立ちよ。どう考えても私の方がハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングに相応しいと思わぬか」
「ふん、そんなのおいら達だってヒーローのコスプレでお前みたいな格好すれば一発でござんす!」
「そうだ!100円ショップのヒーロー変装セットで、お前なんかよりずっとカッコ良くなれらぁ!」
「この俺が、100円ショップのヒーロー変装セットに劣るだとぉ!?言ったな言ったな。正義のヒーローである俺を怒らしたお前らは悪だ。なんせ正義の敵なんだからな。悪は成敗してくれよう……」
「何だその自己中な理屈は?」
「そんな独りよがりの正義感でハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングに相応しいと思ってるんでござんすか?」
「言われてみればそうだなぁ……うん、この考えは我ながらよくなかったかもしれない。考え直して……って、あーっ!」
見れば、ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの名を狙う者の一人がまさにその名前の間近まで辿り着き手を伸ばしているところではないか。
「お前らが下らないことで揉めてる間に僕ちゃんが一番乗りだぞーいっ!あと少しでハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの名に手が届く!」
「そうはさせるかーっ!特に名称のないキーック!」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング候補の戦士はその名に手を伸ばす者へお得意のキック技をお見舞いした。
「グワーッ!」
「お前のような凡人に、この栄光の称号は渡さん!お前たちは正義の戦士である俺の敵だからといって別に悪党ではないが、正義の邪魔になっていることに変わりはない。凡人は家に帰って寝てなさい」
「いってぇなぁ……何だぞいその高圧的な態度は!お前それでもどうたらこうたら……」
「大体お前はああだこうだ……」
他の者たちは文句を言い始めたが、
「そうだ!こいつら邪魔だから、この間ボコにしたように別世界に閉じ込めてしまおう。居心地のいい世界にして俺の用が済んだらこっちの世界に返せば問題ないわけだしな。ほれっ!」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング候補の戦士は例のワープトンネルを出現させ一同を無造作に放り込んだ。
「あ~れ~」
「よし、これで邪魔者はいなくなった。じっくりとハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの名を……って、こら待てーい!」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング候補の戦士は慌ててその名前を追った。
名前を追って川を渡って森へ入り、
「よーし、もうすぐだ!」
目前まで追いついてその名に手を伸ばしかけたその時、
「がはははは!もっと名前を巡って争え!この名前すっ飛ばし男様の名前立体化分離能力でどいつもこいつもみーんな名無しマンだあ~。名無しと言っても2ちゃんや5ちゃんじゃないぞ?わはははは……」
聞き捨てならないことを言う全身黒タイツの変な男が現れたではないか。
「なに!?じゃあこれは全てお前の仕業か?」
「そうだ!これはみーんな俺の仕業だあ!お前もそうやって名前を追いかけてるところを見ると、俺のやったことに感謝するべき存在らしいな。だったら俺様を拝め拝め!何なら寄付してくれてもいいぞ。わはははは……!」
「そうですねぇ。そんじゃあまぁ、100円からの寄付ってとこで……」
「何だおめぇ100円かよぉ。さすがに100円はねぇだろぉ」
「じゃあいくらなら?」
「そりゃまぁ、最低でも1000円くらいはあるといいよなぁ」
「そんなこと言ったら世の中、あるといいけどないもんってのが山ほどある。あるといいけどないもんより、今あるものを大切にしなさい。これ、ヒーローからの教訓」
「おぉ、確かにためになる言葉だ。さすがはヒーロー。いやー教訓。実に教訓」
「ところでお前、なんで名前分離能力なんて使ったの?」
「そりゃあ、アレだよ。名前がこうびよーんと飛んでってどいつもこいつも名無しになったらパニックになって面白いだろ?まぁ自分で言うのも何だけど愉快犯ってやつだね。」
「あーあ。愉快犯かぁ~……って、愉快犯はダメだろ、おい!」
「えっ、何でダメなの?」
「多くの人々を混乱に陥れていいわけなかろう!」
「でもお前、俺のやったことで違う名前を手に入れようと張り切ってたじゃないか。説得力ないなぁ」
「そりゃまぁ、さっきはどういう事情で名前が飛んでるのか分からなかったから……でも考えてみたら、愉快犯の力を借りてまでカッコいい名前を手に入れても仕方ない。実際にあの名前を手に入れていなくても、勝手に名乗っちゃえばいいじゃないか。今から俺はハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだ!」
「あーっ、ズルい!それは反則だ!」
「何が反則なもんか。行くぞ、愉快犯!」
こうしてハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングとなった自分の名前に悩んでいた戦士は名前すっ飛ばし男に敢然と挑みかかったが、
「名前立体化分離能力!」
名前すっ飛ばし男は名乗って間もないハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの名前を速攻で立体化・分離させ遠くへ投げ飛ばしてしまった。
「どうだ、これでお前はまた元の名無しマンだ!」
「なんの、また名乗ればいいだけさ!俺の名はハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだ!」
「おのれ、名前立体化分離能力!これでまた名無しマンだぞ!」
「だから勝手に名乗っちゃうから問題ないんだって!俺はハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだ!」
「名前立体化分離能力!はいもうこれで名無しマーン!」
「関係ないもーん!俺ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだもーん!」
「違うもーん!名無しマンだもーん!」
「だからそれが違くて、ハイパー・デラックス……うがあああーーーーっ!」
「そうじゃなくて……名無しマンであって……うぉあああああーーーーーっ!」
「うがあああーーーーーっ!」
「うぉあああーーーーーっ!」
同じことの繰り返しでいちいち言葉にするのも面倒臭くなってきた2人は絶叫しながら名付けて分離させて……を無限ループさせ、
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
いい加減疲れて息切れしてきた。
「そろそろ……決着……つけるかぁ……」
「えぇ?……どうやってぇ……」
「俺の名は……ハイパー・デラックス以下略ではなく……名無しマンだぁ……」
「な……なにぃ!?」
自分の名前に悩んでいた戦士は自ら名無しになることで敵の名前分離を無効にしたのである。
「どうだ、これでもう分離させる名前はないぞ……」
「しまった……本当に名無しマンになるとは……!」
「名無しパンチ!」
「ごはーっ!」
「名無しキック!」
「どわーっ!」
名無しマンは自慢の技で名前すっ飛ばし男を成敗すると、
「一件落着! これでようやく正式に名乗れるぞ。俺の名はハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだ!」
ようやく正式な名前を手に入れたのだった。
「だからそれは反則だあ……ガクッ」
名前すっ飛ばし男は異論を唱えながらばったりと倒れて意識を失った。
「まぁこの名前になれたのは一応こいつのお陰だな!愉快犯もたまには役に立つもんだ!愉快愉快」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングはふと思い出し、
「あ、そうだ。あいつらをこっちの世界へ戻してこないと」
栄光の名前を争っていた名もなきライバル達を放り込んだ別世界を消し、居場所が消滅した名もなきライバルたちは元の世界へ放り出された。
「あーれー!」
「こーれーこれお前たち。もう名前争いは終わったぞよ」
「あっ、お前はインチキヒーロー男じゃねぇか!」
「おいら達を呼び戻したってぇことは、もしかして例の名前を手に入れやがったんでござんすか?」
「僕ちゃん達を足止めしておいて自分だけ美味しくゲットなんて、ヒーローのやり方じゃないぞい!」
「がっはっは。それが手に入れられなかったんでござんす。だから自分で勝手に名乗ることにしたんだぞい。俺の名はハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだあ!」
「あーっ、それズルい!それはズルい!」
「自分で勝手に名乗っていいなら、おいら達は何であんな苦労して走り回ったんでござんすか?」
「お前がみずみす逃がしたなら、今頃あの名前を手に入れてる奴がいるかもしれないんだぞい!」
「いたらいたでいいさ。この世に同姓同名の人物が何人もいるように、ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングも2人いたっていいはずだ」
「じゃあ3人いてもいいんだな?俺の名もハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだ!」
「4人いたって文句言わせねぇ!おいらもまたハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングでござんす!」
「いや5人だ!ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングはここにもいるぞい!」
「おいおい。5人揃ってハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングレンジャーってか?冗談じゃない。お前らは勝手に名乗らなくていいんだよ!」
「だから何で、テメェは良いのにおいら達はダメなんでござんすかっての!」
「くだらない凡人が格の高いヒーローである俺様と並ぶとはおこがましいって、そういうことか?」
「そんなのヒーローにあるまじき態度だぞい!」
「うるさい!ヒーローにあるべき態度は、ヒーローが決めるもの。ヒーローじゃないやつがヒーローにあるまきじき態度だって、お前ら凡人はヒーローの何たるかを知らんだろ!」
「まーた出たよ。ヒーロー様サイコー、凡人は引っ込んでろなヒーローにあるべき態度ってやつ」
「ハイハイあるべきあるべき~でござんすね!」
「僕ちゃん達はバカな凡人だからヒーロー様のありがたーいお言葉なんて理解できませんぞい!」
「ん?そうだろうそうだろう。じゃあ俺の真似なんかすんな!」
「だからその高圧的な態度が良くないと何度言えば!」
「だからヒーローの何たるかはヒーローでない者には!」
「だからおいら達もヒーローのコスプレをしてヒーローになれば!」
「だからそれでもって……ウワーッ!」
「ウオーッ!」
口論に疲れた一同は野蛮にも殴り合いを始めたが、
「これこれ野蛮人の諸君、やめたまえ」
それを制する一人の男があった。
「誰だか知らんがうるせぇえええええーーーーーっ!」
名も無き男の1人が相手の顔も見ずにその男へ殴りかかろうとしたが、
「フン!」
黄金色に輝くその男は指先1本で弾き飛ばしたではないか。
「あーれー!」
「はっはっは。これぞ本当のハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの力なのだよ!」
「本当のハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングでござんすって!?」
「じゃあ、お前はまさか……」
「ああ、いかにも。私こそ、野蛮人の諸君が駆けずり回って求めていたハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの称号の真の持ち主だ。名前すっ飛ばし男とやらのせいで私の称号は少し散歩に出かけていたようだが、追ってくる者がいなくなってこの通り私の元へ戻ってきたよ。まったく、困ったヤツだ」
見れば、その男が大事そうに抱きかかえているのは事の発端となった「ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング」の立体文字ではないか。
「それで、君たち野蛮人の諸君も私の名を語りたいって?野蛮人の諸君の分際で?」
真のハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングはじとっとした軽蔑の眼で一同を見下ろした。
「こいつと同じくヒーローの自分を持ち上げ凡人を軽視してはいるが、根本的に器が違う……」
「言葉にならない尊大なる威厳……」
「そしてたぐいまれなる気品……」
「このお方こそ、真のハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングだ……」
本物と出会って格の違いを見せつけられた名も無き男たちはそそくさと退場していったが、
「おや、君は退場しなくていいのかい」
例の戦士は1人その場を動かず、
「はい。退場しなくていいのでございます。ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング様。本物との格の違いも知らずに貴方様の名を語ろうとした私が愚かでございました。ですが私めは仰る通り野蛮人の分際でありながらも、どうしてもこのお名前を使いたいのでございます。どうか私めにハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングの名を語れるほどの実力をお授け下さい。戦士の端くれとして、どんな辛い修行にも耐えぬく所存でございます。お願い致します!」
土下座してハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングに頼み込んだ。
「ほぅ、野蛮人の分際で良い心がけじゃないか。どんな辛い修行にも耐え抜く所存、ねぇ。ではその覚悟、見せてもらおうか。修行1/100000000。フン!」
その願いを了承したハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングは、修行の一環として指先1つで戦士を弾き飛ばした。
「あーれー!」
「あーれー!だって?随分と情けないな。 この程度に耐え切れなくてどうするんだい。 もう一度稽古をつけてあげるから、戻ってきたまえ」
「しゅ、修行いちおくぶんのいちって、修行項目は一億もあるですか……」
「おや、あまりにも少なすぎて不満だったかな。じゃあ追加サービスで1/10000000000に……」
「いいい、いっちょお!?いーえいーえ。一億でじゅーぶん。充分でございますです……はい」
「ならばよろしい。では、フン!」
「あーれー!」
戦士はまたも指先1本で弾き飛ばされてしまい、
「また、あーれー! か。弱々しい。君には本当に戦士としての素質があるのかい?」
「やー、もしかしたらないのかもしれませんねぇ。1億項目もとてもマスターできそうにないし、やっぱあんたの弟子になるのはやめときますかね!」
呆気なく弟子になる気をなくしてしまった。
「何を今さら。君は確かにどんな辛い修行にも耐えぬくと言ったはずだ。あれだけ固い自分の意志で言っておいてその態度はどうなのかな。修行1/100000000が難しいようなら、特別に修行の順番を変えて修行2/100000000を一番に持ってきてやってもいいよ。では修行2/100000000!」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングはそう言って指をパチンと鳴らすと、
「ひ、ひぇええええ!」
地面が裂け、その足元から巨大な怪獣が姿を現したではないか。
「これは万一に備えての護身用のペットなのだが、あいにく私と違って品のないヤツでね。一度解放すると暴れて手が付けられなくなるのだよ。君も私の名を語りたければ、このペットを手なずけてみたまえ」
「む、無理じゃないっスかね……なんか俺のこと完璧にエサだと思ってそうな眼差し……」
「まぁ思ってるだろうね。彼、食欲旺盛だから君ごときなどペロリと一飲みだろうが、それを防いでこその修行だよ。美味しく頂かれないようにせいぜい頑張ることだね」
「いやだからその、俺はもうあんたの弟子も名前も諦めたのであって……ひぇえええ!」
巨大怪獣は有無を言わさず鋭い爪を振り下ろして戦士に襲い掛かって来た。
「話せば分かる! 話せば分かるんだ! だからまずは話してみよう! おーい怪獣くーん!」
「何だーい?」
「喋れるんかい!」
「喋れるよー」
「なら良かった。俺まずいよー。だから食べないでよー」
「嫌だよー。まずくてもいいから食べちゃうよー」
巨大怪獣は戦士のゆるーい命乞いに応じずアッサリとその爪で戦士を掴んで口の中に放り込むと、
「いただきまーす」
「ぎゃああああああ!」
ばりばりと残酷な音を立てて戦士を嚙みそのまま飲み込もうとしたが、
「ありゃま。ほんとに食べられないくらいまずいわ。ぺっ!」
言い捨てるとすんでのところで戦士を口の中から放り出し、いずこともなく去って行った。
何とか命だけは助かった戦士だったが、
「鋭い歯で噛み砕かれて全身骨折してしまった……早く病院へ……病院へ運んでおくれぇ……」
全身骨折してしまい大の字に寝転んだまま立ち上がれなくなってしまった。
「おやおや、何とまぁだらしない。本来なら修行はあと99999998項目あったのだよ。修行2/100000000でヘタれるようでは君に私の名を使う素質はないね。身の丈に合わない高望みはやめてさっさと病院でも接骨院でも行ってきたまえ」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キングは無情にも全身骨折した戦士を見捨てて去って行き、
「いやだから、このザマでは病院へ行きたくても動けないんですよ! おーい、誰かーっ!」
身動きの取れない戦士は大声で周りに助けを求めたが、
「……」
名前を追って森の奥深くまで来てしまったため周りには誰もいないではないか。
「誰かーっ! 誰かさーん! 誰かちゃーん! 誰かくーん!」
呼び方を変えてみたところで、いないものはいない。
待てど暮らせど誰も来てくれず、
「何てこった……俺はこのまま誰からの助けも得られず朽ち果てるのか……」
そうかと思われたが、
「あっ、そうだ!俺には別世界へ行ける能力があるじゃないか。別世界の病院で診てもらおう!」
ふと気が付いてワープトンネルを出し自身を別世界へと送った。
「あ~れ~!」
「患者さん、患者さん!!」
「う、うーん……」
意識を失っていた戦士が病院のベッドの上で目を覚ますと、
「患者さん。残念だけどあなたもう、手遅れです。ここまで折れてたら私達には治せません」
看護師が申し訳なさそうな顔でとんでもないことを言ってきているではないか。
「何おう!?お前、ここがどこだと思ってんだ。ここは俺が想像した世界なんだぞ。この世界において俺はいわば創造主なるぞ! 偉大なる創造主様を治せないとはどういうこった!?」
「はぁ、ですから、ここは現実の病院ではなくあなた様がお創りになった空想の病院ですので、実際に骨折した人間の体を治すには遥かに医療技術が足りないのでございます……」
「ぬ、ぬわにいーっ!?そうか……ここは俺の妄想世界。どうあがいても所詮はお医者さんごっこでしかないわけか……ボコにしても名前狙ってた奴らにしても居心地のいい世界に送ったってだけで、体に何かしたわけじゃないもんなぁ。やっぱ人体を治すには現実の病院へ行かないとダメかぁ……でも今の俺にはこのベッドから起き上がることすら困難だというのに、とても元の世界へ帰る力は残されていない……」
万事休すかと思われたが、
「そうだ! 俺の能力は俺の望む世界を創造すること。今は居心地の良さよりも病院を指定してしまったから医療の限界に直面してしまったが、それならこうすればいいんだ。全身骨折した俺でも居心地がいいと思える世界に行きたーい!」
逆転の発想で再び自身を別世界へと転送した。
「あーれー!」
「あんさん、あんさん!」
「う、うーん……」
意識を失っていた戦士が目を覚ますと、
「あんさん。あんさんは全身骨折されてますから、サービスいたしますですよ」
人相の悪い男がいやしげな笑みで戦士に甘い言葉をかけてきた。
「サービスって、何だ」
「へぇ、肩もみとか、マッサージとか……」
「折れてるのに?」
「へぇ、折れてても効くんでさぁ、これが」
「ほー。じゃあ、やってくれ」
「へぇ」
マッサージされると、
「気持ちいい」
のだが、
「でも痛い!」
骨折の痛みはとれておらず、マッサージされていない箇所は相変わらず痛むのである。
「おい、全身マッサージに切り替えてくれ!」
「これ全身マッサージですよ」
「そうなのか。じゃ、次はこっちの腰の辺りを頼むわ」
「へぇ」
マッサージの男が最初に揉んでいた箇所から手を離すと、
「あーっ!」
途端にそこが痛み出すのである。
「揉まれてないところは痛いんだよ! 全身マッサージなら全身同時に揉んでくれ!」
「そんな、人手不足ですよ! 私1人だけじゃとても……」
「ならもっと呼べ! 俺の為に人手不足を解消しろー!」
「全身骨折の分際でそれはちょっとあんまりじゃないですかね?……とも言えない立場なんだなぁこれが。へぇへぇ、そんじゃあ人手不足を解消します。人手不足、解消!」
マッサージの男が叫ぶと、
「解消ー!」
どこからともなく100人の男が現れ、戦士の全身を揉み始めた。
「わーっ、解消しすぎ解消しすぎ! 俺の体、100カ所分もスペースあったっけ?ないよなぁ! あーっ、そこ! そこは揉まなくていいんだよーっ!」
「揉みます!」
「揉ませて頂きます!」
「揉ませて頂くなーっ!」
「何だ、嫌なのか。じゃあやめます!」
100人の男は戦士の拒絶反応を受けるとあっさりマッサージを中止し、
「そうするとまた痛むーっ!」
再び戦士の骨折の痛みが起こるのである。
「やっぱり痛いのか。じゃあ揉みます!」
「待った待った。俺の全身揉むのに100人もいらないんだ。必要な人数だけ集まって、揉んでくれ」
「必要な人数……ですか?」
「おうとも」
「それ、何人ですかね?」
「何人って……まず100人の半分もいらないよな。50以下として、じゃあ49人かっていうとそんなにもいらず……まぁせいぜいあと5人くらいか?」
「あと5人ですね?分かりましたぁ!」
「1人目は俺。後はお前とお前とお前とお前でいいよな?よし決定!」
「何を言うんだ、俺もやるに決まってんだろ」
「後の4人は誰でもいいですけど、少なくとも私は絶対やりますからね」
「確かに他4人はどうでもいいな。でも僕は絶対やらしてもらうよ」
「何だか知らないけどあたいがやらないとこの人の骨折は治らないよ!」
「うるせぇーーーーーっ! 問答無用でワシにやらせんかーい!」
「やらせるかーい! おいどんがやるんじゃーい!」
「ああ、やかましーっ!そんなにいらないって言ってるだろ! もういい、ジャンケンで決めろ!」
「ん、ジャンケンって何ですか?俺達小学校出てないもんで、そういう難しい言葉は分かんないです」
「む、難しい言葉って! 幼稚園でジャンケン習ってないのか?」
「幼稚園時代のことなんてもう覚えてませんよ」
「そりゃまぁ大昔の話だしなぁ……ってオイ! そういう領域じゃないだろジャンケンだぞジャンケン!」
「だからそれが分かりませんて。そういう難しいことは、大学の先生にでも聞いてくださいよ」
「いやだからあのね……もういいや。じゃあ俺が指名するわ。お前とお前とお前とお前とお前。揉んでもらうの俺なんだから俺の決定に文句ないな?」
「はぁーい……ありませんですぅ……」
「よっしゃああ! 俺選ばれたぜー! あれー?チミ達選ばれなかったの。残念だねぇ~」
「何いッ!? 自分が選ばれたからって調子に乗るんじゃねぇ!」
「あんだとォ!?」
「やるかあッ!?」
たちまち殴り合いに発展し、
「いてーっ! どさくさに紛れて俺を殴るなーっ!」
巻き込まれて意図せず殴られた戦士はたまらず叫んで飛びのいた。
「ありゃ、殴ってました?すんませんです。でも全てはこいつが悪いんですよ、この野郎!」
「いや殴ったのはこいつですよ。殴った張本人が一番悪いに決まっとるです! こいつめ!」
「何だよ……居心地のいい世界に来たはずだったのに、全然居心地良くないじゃんか。もしかすると、全身骨折したせいで俺のワープ能力にも支障が出て、思い通りの世界を創造できなくなっているのかも。そうなるとボコも今頃は散々な目に遭ってんのかなぁ。まぁ他人の事なんてどうでもいいや。一番大事なのは、俺の事。はてさて、これからどうしたもんかねぇ……」
考えようとするとまたどさくさに紛れて殴られるので、
「とりあえず何もない空間へワープ! あ~れ~!」
何もない空間へワープしたが、
「しまった! 何もない空間へ入ったら俺の存在より何もない空間の何もないことの方が勝ってしまい、俺の存在が消えるーっ!」
肝心なことを忘れていたではないか。
「ひぇーっ! 消さないで―ッ!」
だがその言葉が届いたかの如く、戦士の存在は消えずに残っているではないか。
「ありゃ、本当に消えてない。何もない空間さんどうもです……」
よくよく考えてみると、
「あ、そうか。俺は全身骨折で思い通りの世界を作れなくなっているから、何もない空間を作ったつもりでも実際は何もなく作れてるわけじゃないんだな。助かった……」
そういうことなのであった。
「じゃあここには何があるのかっていうと……そうか、俺があるんだな。何もないけど、俺はある。何かもう、これでいいじゃないかって気もするな……」
そう思うと気持ち良くなり、全身骨折の痛みも自然と感じなくなってくるのである。
「全身骨折の痛みがないということは、ここでは空腹や餓死もないんじゃないだろうか。じゃあしばらくこの空間にいるか。何かもう疲れたよ……」
戦士は何もかも忘れ、この安らぎの中に静かに身を委ねた。
「ああ、気持ち良い……俺は……誰だったかな。誰ってどういう意味だったかな。なーんにも分からん……分からんってどういう意味かな。意味って何かな。何って何かな……ふぁーあ」
大いなる安らぎに包まれて何も分からなくなった戦士は、いつの間にか赤ん坊の頃の姿に戻っているではないか。
「バブ……ミルク……おくれぇ……」
少しは喋るが、精神も殆ど赤ん坊に戻っているようである。
「ミルク欲しいなぁ……ミルクちゃん……」
だが特有のワープ能力は健在で、幼児化した戦士のミルクを求める心が彼を牧場空間へと飛ばした。
「あーれー!」
幼児化した戦士は気が付くと牧場空間でミルクをがぶ飲みしていた。
「うまいうまい」
幼児化の影響でいつの間にか全身骨折も治っているのである。
「バブ……何とうまいんだろう。いっそミルクの海にでも浸かりたいなァ」
願えば叶うのがワープ能力である。
「あーれー!」
案の定、幼児化した戦士は次の瞬間ミルクの海に浸かっていた。
「この海、美味しいなぁ」
飲んでも飲んでも全て飲み干すことなど出来ず、
「あぶぶぶぶ」
即座に溺れてしまった。
「赤ん坊に泳ぎは無理だ―っ! 誰かーっ!」
だが、そう叫んだ途端に幼児化した戦士の体は魚に変わったではないか。
(おっ?助かった!)
魚なので喋れはしないのである。
(でもいきなり魚なんかになっても困ったなぁ)
しかし、
(いや待てよ?心を無にしたら赤ん坊になり、溺れたら魚になったということは……今の俺はその場の事態に応じて何にでもなれるんじゃないか?ならいっそ巨大怪獣とかになって暴れまわりたいぞ~)
そのようなのだが、巨大怪獣になれらなければいけない事態とはどんな事態であろうか。
(巨大怪獣になるには巨大怪獣に襲われるしかないのかなぁ。でも巨大怪獣に襲われたからこそこんな目に遭ってるわけだし、やっぱり巨大怪獣はやめだ。ここは原点に帰って正義のスーパーヒーローに戻りたいもんだな。正義のスーパーヒーローにならなければいけない事態と言えば……やっぱり悪の怪人の大暴れだろう!おーい悪の怪人! 早く出てきて大暴れしろー! ビル壊しに来ーい!)
だがミルクの海の中で魚が何を思おうと無意味である。
(そうだ、もう全身骨折も治っているということは思い通りの世界を作れるはず。なら悪の怪人が大暴れしている世界へ行きたーい! ……あーれー!)
案の定、魚になった戦士は悪の怪人が大暴れする世界へと飛ばされた。
「がおーっ! 俺の名は悪の怪人だーっ! 悪の怪人なんて名前を付けられて悪党に育たないわけないだろーっ! この名の通り悪事の限りを尽くしてやるから覚悟しやがれーっ!」
そう叫んでめちゃくちゃに暴れまわっているのは異形な姿をした蜘蛛の怪人である。
そこへ魚になった戦士は颯爽と現れ、
(待て! これ以上の悪事は許さんぞ悪の怪人!)
心の内で叫ぶと、たちまちその姿は場に応じて元の正義のスーパーヒーローへと戻った。
「ふははは! お前のお陰で俺は本来の姿を取り戻したぞ! ついでに名前はハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング……」
そう名乗りかけたが、
「……の、見習いだ!」
本物との格の違いを思い出し、謙虚に付け足すハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング見習いだった。
「見習いかよっ!」
蜘蛛の怪人はツッコミみ、
「行くぞォォッ!」
ハイパー・デラックス・グレート・ジャスティス・エンペラー・キング見習いは悠然とその怪人に挑みかかった。
やはりヒーローは空想の世界に存在してこそである。