その他

㊶いくら寿司の希望

ここは、募金を必要としている貧しい国である。
「ああ、貧しい貧しい!」
募金を必要としている貧しい国の国王と国民達は不幸を訴えると、
「いただきまーす!」
今日の食事……フォアグラとキャビアにかぶりついた。
「ああ、ウマいウマい。ああ、貧しい貧しい。我が国の貧しさでは、このまま国民全員が現状を維持しながら毎日この食材を食べ続けると国家資産はあと2日しか持たん。ああ、我が国はなんと貧しいんだろう。誰か大金を恵んでくれないだろうか……」
嘆いていると、
「王様。昨日の募金をお届けに上がりました」
使いの者が募金を必要としている貧しい国の国王の元へ募金袋を持って来た。
「どれどれ」
募金を必要としている貧しい国の国王は期待のまなざしで中を覗き、
「ああ、貧しい貧しい。我が国の貧しさでは、このまま国民全員が毎日この高級食を食べ続けると国家資産はあと5日しか持たん……」
嘆きの日数を更新した。
「もっと募金が欲しいな……」
求めていると、
「王様。寄付がしたいという変な奴をお届けに上がりました」
使いの者が今度は大きな木箱を持ってきた。
「変な奴でも金づるは金づる。7日にでも6日にでもなれば御の字ってもんよ!どれどれ……」
募金を必要としている貧しい国の国王が期待を込めて箱を開けると、
「びよーん」
中から飛び出て来たのはいくら寿司のコスプレをした変な男である。
「どうも、貧しい子供達に食べられに日本海を泳いではるばるやって来たいくら寿司です……」

彼―いくら寿司は、元はお笑いで生活費を稼ぐ貧乏な芸人だった。
誰も相方になってくれないので仕方なく一人二役でボケとツッコミをやってきたが1人では財布もネタを考えるのも限界に達し、
「ネタをおくれよぉ……ネタをおくんしゃーい……ネタをおくれやす……ネタをおくんなさいでござんす……」
本番で観客にネタを求めるまでに至ってしまった。
「あ、そうか。俺がネタになればいいんだ」
何やら思い付いてステージ裏へ隠れると、
「ネタになったぞーっ!」
姿を現したその格好はいくら寿司のコスプレ……確かに寿司「ネタ」である。
それを見た観客は、
「……」
沈黙し、
「……」
白け、
「……」
全員その場を立ち去った。
「ははははは……」
ただ一人、そのネタを笑ってくれた者がいたが、
それは他の誰でもなくいくら寿司本人だった。
勿論、これは虚しさから来る乾いた笑いである。
「何と虚しんだろう。これでもう俺の芸人人生も終わりだ。いっそこうなれば、いくら寿司となった自分自身を完食してしまおう」
決意し、
「いただきまーす!」
自分の身体に噛みついたが、
「まずい!」
そのまずさは相当なものだった。
「ダメだ。とても食えたもんじゃない。誰かに食べてもらおうにも、こんなまずい寿司なんて誰も食わんだろう……そうか、募金を必要としているような貧しい国の子供なら、味に関係なく俺を食べてくれるかもしれない。よし、なら早速その募金を必要としている貧しい国へ行こう!」
そうと決めると、いくら寿司は募金を必要としている貧しい国を目指して海を泳いだのだった。

「改めまして、貧しい子供達に食べられに日本からはるばるやって来たいくら寿司です……」
いくら寿司は礼儀正しく挨拶したが、
「ああそう。それで、金は?」
募金を必要としている貧しい国の国王はいくら寿司の素性には目もくれず、金を要求した。
「ありません……いくら寿司、貧乏人。いくら寿司、無一文。俺はただ貧しい子供達に……」
言いかけると、募金を必要としている貧しい国の国王はロープを出していくら寿司を縛りだしたではないか。
「な、何するんです!?」
「我が国、金が全てなの。我が国、金以外の寄付は無用なの。こうなればお前を戦時中の兵力を必要としている国へ兵力として売り飛ばし、札束タワーの足しにしてくれよう!」
「わーっ、やめろーっ!いくら寿司は軟弱。いくら寿司は戦うお寿司じゃなーい!」
「問答無用!戦うお寿司となれーっ!」
「嫌だーっ!俺は戦わないお寿司だーっ!貧しい子供たちに食べてもらうんだーっ!」
抵抗も虚しく、こうしていくら寿司は戦時中の兵力を必要としている国へ売り飛ばされてしまった。

ここがその戦時中の兵力を必要としている国である。
「そうだ!ここがまさしく、戦時中の兵力を必要としている国だ!文句あんのかぁ!?」
戦争真っ只中な為、戦時中の兵力を必要としている国の国王は気が立っていた。
「王様。例の国との取引で入手した兵力をお届けに上がりました」
使いの者がボロ箱を持ってきた。
「兵力か!それはいい。早く奴らを殴れ!潰せ!壊せ―っ!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王が興奮して箱を開けると、
「ぼよーん」
中から飛び出て来たのはいくら寿司である。
「どうも、例の国から無理やり兵力として送り込まれ、戦うお寿司となったいくら寿司です……」
いくら寿司は素直に自分の運命を受け入れて挨拶したが、
「戦うお寿司でも戦うお菓子でも何でもいい!戦うなら兵力だ。戦うなら兵器だ!さぁ、戦え!」
気が早い戦時中の兵力を必要としている国の国王は有無を言わさずいくら寿司を摘み上げて過酷な戦場へと連れ出した。
「わーっ!戦うお寿司だけど暴力はんたーい!戦争もはんたーい!」

そしてここが、その戦場である。
「ひぇええ……」
そこはいかにも戦場らしい、荒涼とした砂漠だった。
「何を怯えてやがる!敵はこの砂漠じゃねぇんだ。今からここへやってくる恐ろしいヤツなんだよ!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王は相変わらずの短気ぶりである。
「だから、その恐ろしいヤツが恐ろしいんですがな……」
「バカ野郎、恐ろしいヤツ恐れてどうすんだ。戦うお寿司となったからには、恐ろしいヤツをも恐れないくらいの根性が必要なんだよ!」
「そんな根性ありません……」
「なにおう!?だったらこの場で根性付けさせてやる!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王は言うや否やいくら寿司を組み伏せ、
「このやろっ!このやろっ!」
容赦なく殴りつけた。
「わーっ、何するですーっ!」
「根性!根性!根性!」
「殴られただけで根性ついたら苦労はなーい!」
「うるせぇ!苦労すんのはこっちだあ!根性!根性!」
「わーっ、このままじゃ戦う前からボロボロでとても戦えなーい!」
いくら寿司がか弱い悲鳴を上げていると、
「おい!」
いつの間にかコワモテの屈強な男が2人を睨みつけているではないか。
「わざわざ来てやったってぇのに、出迎えの挨拶もねぇのかぁ!」
その男こそ、敵軍の強力兵士である。
「ひ、ひぇえええええ!」
いくら寿司はその恐ろしさに震え上がったが、
「出迎えの挨拶だとぉ!?フン、そんなもんする気になるか!今頃てっきり尻尾撒いて逃げ出してやがるかと思いきや、わざわざ来やがるとはご苦労なこった!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王は物怖じもせずに相変わらず好戦的である。
「フン、こんなへっぽこ国に恐れをなして逃げる奴があるか!お前らこそ逃げ出してると思ったぜ……で、今日のお相手は、こいつかい」
敵軍の強力兵士はいくら寿司を見て冷笑した。
「お寿司ねぇ、いくら寿司ねぇ。こんなので本当にこの俺に太刀打ちできると思ってんのか?」
「じ、実はその、そうは思ってません……いくら寿司、戦争したことないもん……はははは……」
いくら寿司本人は弱気だが、
「当たり前よ!こちとら高い金払ってこいつを買い取ったんだ。戦力として大いに働いてもらう!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王は強気である。
「そうかい。それなら覚悟してもらおうかいくら寿司さんよ!」
「か、覚悟できませーん……ひぇええ……あなおそろし……」
いくら寿司が震えて縮み上がると、
「オラ、これで勝負だあ!」
敵軍の強力兵士は何やら強力兵器を取り出したようである。
「ワーッ!もうダメだあーっ!」
「何を言ってやがる!ここからが戦の始まりなんだ。オラッ、立てぇ!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王はいくら寿司を立たせて敵軍の強力兵士の元へと突き飛ばし、
「わーっ、結局突き飛ばされてまた倒れるーっ!」
「じゃあ今度は俺が起こしてやるよぉ!」
今度は敵軍の強力兵士が突き飛ばされて倒れたいくら寿司の胸倉をむんずと掴んで持ち上げた。
「ぐーっ、苦しい……こ、これが戦争の苦しみか……」
「フン、この程度で済むと思うな。本当の戦はここからだぁ!見ろ!これが我が国の誇る最強兵器だ!これで今日こそお前らの国をぶっ潰す!」
敵軍の強力兵士が指さす先にあるものは、その言い分からしてさぞ恐ろしい強力兵器のようである。
「そ、そんな恐ろしいもの見たくありません……」
「この根性なしめが!お前を戦力として買い取るのにいくら払ったと思ってやがんだ!目ン玉ひん剥いてよーく見ろ!その度胸がないってんならこの場でハチの巣にしてくれる!」
その言葉とカチャッという音からして戦時中の兵力を必要としている国の国王がいくら寿司に向けて銃を構えたようである。
「ひぇええ!ハチの巣にされたら貧しい子供達に食べてもらえなくなってしまう!仕方ない。ここは勇気を出して……えいっ!」
いくら寿司が思い切って目を開けその強力兵器を見ると、
「!?」
そこにあるのは、安っぽいトントン相撲の土俵ではないか。
「こ、これがその強力兵器……!?」
「そうよ。こいつが我が国の全ての財力を注ぎ込んで作り上げた強力兵器だ!」
「全ての財力でこれなのか……なら、募金を必要としていた自称・貧しい国々よりもよっぽど貧しいお国なのでは……」
「何をボケボケしてやがる!ハチの巣にされたくなかったら、さっさと戦えオラァ!」
「は、はいいい!」
いくら寿司と敵軍の強力兵士は改まって土俵の前で向き合うと、
「はっけよーい……のこった!」
壮絶なトントン相撲戦争を繰り広げた。
「トントントントントントン!」
「のこったのこったのこったのこった!」
「のこるなのこるな。さっさと負けちまえ!いくらーっ!そこだいけーっ!頑張れいくらーっ!」
砂漠の荒野で繰り広げられるトントン相撲は戦時中の兵力を必要としている国の国王の応援する中で白熱を極め、
「これで、トン、決まりだ、トントン!」
「のこったのこったのこっ……!」
最終的にいくら寿司の紙力士が敵力士を押し出して勝利となった。
「ああああああ!のこってなぁあああああああああああああい!」
敵軍の強力兵士は敗北への落胆から崩れ落ち、
「のこったぁ~!この勝負、いくら寿司の勝ちい!」
「やったー!俺の勝ちーっ!」
いくら寿司はこの戦争の勝者となったことを大いに喜んだ。
「よっしゃあああああ!やったぜいくらぁ!!」
「やー、戦争なんていうからどんな過酷なもんかと思ってたけど、この程度で安心したわー。じゃ、俺はこれで!」
去ろうとするいくら寿司だが、
「おっと待った。まだ終わっちゃいねぇよ」
戦時中の兵力を必要としている国の国王がその首根っこを引っ張って連れ戻した。
「お前を買い取るのにいくら使ったと思ってんだ。たった一戦分だけで払える額じゃねぇよ。これでこいつの国は討ち取ったが、次は西の国を攻めてあそこもぶんどる。一緒に来てもらおうか!」
「はぇえ、まだ続きがあるのか……」
嫌々連行されるいくら寿司であるが、先程のような恐怖感はなかった。

何故なら、
「こいつで勝負だあ!」
次の西の国での戦に使われる兵器は、2台の携帯ゲーム……つまり、戦争という名目のゲーム対戦だったのである。
「よーし勝負ですう!」
ゲーム大好きないくら寿司はノリノリで応じ、
「いけーっ!パンチだーっ!キックだーっ!」
「なんのォ!飛び膝蹴りにバックドロップ戦法よ!」
西の国の強力兵士……もとい強力プレイヤーも多彩なプレイングで互角に渡り合った。
「いくらーっ!負けるないくらーっ!やっちまえーっ!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王はまたも情熱的に声援を飛ばし、今度は密林のオアシスで壮絶なゲームプレイが行われていた。
「今度も、ピコピコ、これで、ピコピコ、決めちゃうのだ、ピコピコ!」
「そうは、いか……ああああ!いったああ!逝ったアアアア!」
今回もまたいくら寿司の勝利である。
「やったぜいくら寿司!まだたったの2勝だが、我が国にとってお前は歴戦の勇者も同然だ」
「お、俺が歴戦の勇者!?そうか、勇者か!何だかんだで、俺は立派な戦うお寿司となっていたんだ!思えば何とも感動的な話だなぁ……」
いくら寿司が謎の感慨に浸ると、
「歴戦の勇者となったからには、もうこんな生ぬるーい戦は卒業だ。次からはもう1ステップ先の前線で活躍してもらう」
戦時中の兵力を必要としている国の国王はそう告げた。
「やー、もう任せちゃってくださいな!この歴戦の勇者様が、どんな相手もばっちり仕留めてくれちゃいますよ。はははは……」
「よし、よく言った!じゃあ早速来てもらおうか!」
「最初が砂漠で次が密林か。なら今度は海の中かなぁ」
だが、その考えは甘かった。

「ここが、もう1ステップ先の前線……」
いくら寿司はその光景に茫然とした。
「ガッチガチの戦場じゃないか―っ!」
今までのゆるさから一転、そこは銃声が轟き戦車が唸りを上げる本物の戦場たる荒野だったのである。
「そうだ。歴戦の勇者と呼ぶに相応しい今のお前なら、この過酷な戦場で生きていける!さぁ、突撃じゃあ!」
「む、無理じゃあ!」
「歴戦の勇者である戦うお寿司に不可能はない!」
「不可能がないんなら……今すぐ瞬間移動してこんな過酷な戦場から逃げさしていただきますよ!瞬間移動!瞬間移動!……ありゃ?できない。なーんだ戦うお寿司にも不可能はあるじゃないですかぁー。はははは……ってことで、さいなら!」
いくら寿司はすたこらと逃げ出そうとしたが、
「だから逃がすかってんだよ戦うお寿司!お前にいくら使ったと思ってんだ!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王がその逃亡を許さない。
「俺がいくらかって?いくらだけに。安いとこの回転寿司だといくらは100円。じゃあ俺も100円!」
「バカ野郎、兵力がそんな安く買えるかってんだ!100兆円だよ100兆円!」
「ひゃひゃひゃ、100兆円!?そりゃダメだ、筋違いだ。こんな軟弱者が100兆円の兵力だなんて」
「軟弱者!?お前、さっきまで自分は歴戦の勇者だって調子乗ってたじゃないかよ!」
「さっきはさっき。今は今。過酷な戦場を目にして、気が変わりましたです……」
「何だとォ!?身勝手な気変わりは許さん!」
「いやあの、生きて帰れる保証があるなら戦いますけども……」
「そんな保証はねぇなぁ。まぁこういうのは深く考えず、ゆるーくやるもんだ。ゆるーく戦って、ゆるーく生き残るかゆるーく散るかのどっちかだな」
「いや全然ゆるーくで済まされる問題じゃありませんから!」
「ゆるーく、ゆるーく。何事もゆるーくでいいんだよ……のんびりいこうね……」
「都合のいい時だけ急におっとりした性格になるなーっ!」
「じゃあ元の性格に戻らせてもらう。オラ、さっさと行け―ッ!」
「ひーっ!やっぱりおっとりした性格のままでいいです!」
「ゆるーく、ゆるーくさっさと行こうね~」
「ゆるーく、ゆるーく、逃げるが勝ち―っ!」
いくら寿司がなおも逃走を図ると、
「逃がすかああああーーーーっ!」
戦時中の兵力を必要としている国の国王はいくら寿司を掴んで摘み上げ、
「国王投げ―ッ!」
「うわーっ!」
その身体を戦いの荒野のど真ん中へと投げ飛ばしてしまった。
「こうすりゃ嫌でも戦わざるを得んだろーっ!まぁせいぜい頑張れよーっ!」
「そ、そんな無茶な……わーっ!」
戸惑う間もなく、巨大戦車がいくら寿司目がけて有無を言わさず突っ込んできたではないか。
「く、来るなー!いくらはマズい、このいくらはマズいぞーっ!」
叫んで逃げまどいながら身を屈めて戦車の進撃をやり過ごそうとしたいくら寿司であるが、
「ぎゃーーーっ!」
戦車は容赦なくその身を押し潰した……
が、
「ん?」
無惨に踏みつぶされたはずのいくら寿司の身体は、どこも痛みを伴っていないではないか。
「あれ?何ともないぞ?」
「当たり前だろうが!全部ホログラフなんだからよ」
「ホ、ホログラフう!?」
戦時中の兵力を必要としている国の国王に言われて辺りをよく観察してみると、
「あっ!」
銃声が響いているだけで実際に血は一滴も流れておらず、目の前で集中砲火の直撃を浴びて倒れた兵士が何事もなかったかのようにすぐ起き上がったではないか。
「これ、ホログラフなんで……」
「あ、そうでしたか……はははは……それで、俺はどうやって戦えばいいんだ?」
すると突然、間延びしたチャイムのような音が鳴り響き、
「あ、時間だ!」
「じゃっ、今日はここで。どーも、おつかれさんでした~」
「おつかれーす」
それを聞いた途端に兵士たちはホログラフの道具をしまって全員帰っていったではないか。
「戦いが終わったのか?」
「ああ、お前がもたもたしてるうちに今日の戦の時間が終わっちまったよ!」
「そりゃ助かった。ホログラフでも何でも戦争なんてやらないに越したことはないですよ」
「フン、お前はこの戦の本当の目的を知らないからそんな事が言えるんだ」
「え、何か目的があるんですか?」
「ああ。本当の目的は……」
「本当の目的は?」
「勝者に与えられる黄金の特上寿司を食う事だ」
「えーっ、お寿司がらみぃ!?」
「そうだ。そりゃあもうウマいのなんのって。お前が勝ったら、俺がその寿司を食えるってわけだ。だからこそ負けてもらっちゃ困るんだよ!」
「俺が勝ってもあんたのもんになっちゃうんですか?」
「そりゃそうだろうよ。俺がお前にいくら使ったと思ってんだ?」
「いくらだけにいくらかって?ああもうお金の話はいいから!お金の話よりお寿司の話をしてた方が平和でいいってもんですよ」
「こうなったら今夜はここで野宿だ。明日の戦が待ち遠しくて仕方ないぜ」
「野宿!?嫌だなぁ。待ち遠しくて仕方ないって、戦うのは俺なんですが……」
「つべこべ言うな!さっさと野宿しろ!」
こうしていくら寿司と戦時中の兵力を必要としている国の国王は野宿で夜を明かした。

「朝だ!戦だ!戦争だああああっ!」
「うーん、ねむねむ……もう夢の中の戦いでいいじゃないかねむ……」
「良くあらねぇ!さっさと起きろぉ!」
いくら寿司は戦時中の兵力を必要としている国の国王に叩き起こされると、
「よーし、戦争だあーっ!爆弾投下―ッ!ちゅど―ん!ズドドドドドド……」
寝ぼけながら寝袋に片足を突っ込んだままで適当に暴れ回った。
「おいおい、戦はまだだよ。あと1時間後だ。今からそれに備えとけってんだ」
そして1時間が経過し、
「おはーす」
「じゃー始めるか―」
戦争に似つかないユルーいノリで集まった兵士たちがやる気なく準備を始めた。
「本当はあんまり始めたくないけど、お寿司の為だもんなー」
「成程……みんなお寿司が食べたいんですねぇ」
「だからそう言っただろ。お前は自分が寿司なんだから食べなくてもいいけど自分が寿司じゃない奴は寿司を食べたいんだ」
「えっ?ということは……みんな俺のようにお寿司になれば共食いが嫌でお寿司を求めなくなり、この戦争も収まるのでは?」
「何おう?そりゃあ名案だ。俺以外の全ての関係者を寿司の格好にしてしまえば、誰も寿司を求めなくなり、勝者に与えられる黄金の特上寿司は俺のものになる!ガハハハ……」
「わぁ、悪いやっちゃなぁ。でもまぁ、それで戦争が収まるなら平和的でいいんじゃないですか」
「だろ?そうと決まればお前、あいつらに寿司のコスプレさせてこい」
「分かりましたぁ!必殺・回転寿司作り!」
いくら寿司が宙に飛び上がって一回転し上空から全ての兵士に寿司の着ぐるみを被せると、
「まぐろ寿司ー!」
「たまご寿司―!」
「わさび寿司―!」
「あなご寿司―!」
たちまち皆がお寿司となった。
「よーし、これで戦は終了。勝者に与えられる黄金の特上寿司は俺のものだ。ガハッハッハ……」
戦時中の兵力を必要としている国の国王はいやらしく笑ったが、
「ちょっと待て。誰が終わるって言った?」
「あ?お前らだよ。自分達が寿司になったんだからもう寿司はいらなくなってこの勝者に与えられる黄金の特上寿司にも需要がなくなり、俺のもんになると!」
「勝手に決めるな、なんちゃら国王!確かに俺はお寿司だから共食いできないが、そいつは病気のおっかさんに食べさせてやるために必要なんだ!」
「おいらは二日酔いのお父ちゃんに!」
「ボクは朝に弱いお兄ちゃんに!」
「私だってぎっくり腰の息子に!」
兵士たちは皆、家族の為にも勝者に与えられる黄金の特上寿司を求めていたようである。
「それならこの国王様が、病気のおっかさんと二日酔いのお父ちゃんと朝に弱いお兄ちゃんとぎっくり腰の息子になってやる!」
言うや否や、戦時中の兵力を必要としている国の国王は主婦らしい格好に厚化粧で変装してそれらしくなると、
「ゴホッ、ゴホッ。私は病気のおっかさん……」
病気のおっかさんになり、
「いてててて……俺は二日酔いのお父ちゃん。あー飲み過ぎて頭いてー」
化粧を落とすとスーツにネクタイ姿でサラリーマン風な二日酔いのお父ちゃんになり、
「うーん、すまん弟よ。おいらは朝に弱いお兄ちゃんだから、あと5分、いや10分寝かせておくれ……」
若作りになると寝巻き姿で横になって朝に弱いお兄ちゃんとなり、
「あたた……僕はぎっくり腰の息子だから、まだ25歳という若さでここまで腰が痛いとは辛いぜ父ちゃん……」
更に若そうなメイクと格好に変装して腰を抑え、ぎっくり腰の息子になったではないか。
「であるからして、俺は病気のおっかさんであり、二日酔いのお父ちゃんであり、朝に弱いお兄ちゃんでもあり、ぎっくり腰の息子なのである!」
「なーるほど!そうだったのか!」
「というわけで勝者に与えられる黄金の特上寿司は、この病気のおっかさんが、この二日酔いのお父ちゃんが、この朝に弱いお兄ちゃんが、このぎっくり腰の息子がもらっていくよーん」
「ほーい、どうぞー」
「ありゃま、何て単純な人達……」
いくら寿司が呆れかえっている間に戦時中の兵力を必要としている国の国王は勝者に与えられる黄金の特上寿司の置かれた表彰台まで辿り着き、
「ガハッハッハ。流石は勝者に与えられる黄金の特上寿司。まさに黄金のウマさよ……ハッ、いかんいかん。声を高くして……わーおいしいわこれ。おっかさん、これで病気も治るわー。声を低くして……おお―ウマいじゃないか。お父ちゃん、これで二日酔いもとれそうだー。声を若くして……お兄ちゃん、これで眠気も覚めて朝に強い体質に……」
一人四役で寿司を堪能した。
「やれやれ……これで俺もこの戦から解放されたかな。さて、初心に戻ってまた貧しい子供を探さなくては……」
いくら寿司がぶつくさ言っている間に戦時中の兵力を必要としている国の国王は勝者に与えられる黄金の特上寿司を完食し、
「まぁこれで100兆円でお前を雇った元も取れただろ。おつかれさん!」
いくら寿司の後頭部にゲンコツを振り下ろした。
「……!」
いくら寿司が覚えているのはそこまでである。

どれくらいの時間が流れただろうか。
「ハッ、ここは!?」
いくら寿司が目を覚ますと、
そこは日本のゴミ捨て場だった。
「戦時中の国で失神した俺が気が付けば日本のゴミ捨て場にいるということは……戦時中の国から日本製のゴミとして捨てられ、戦時中の国のゴミ収集担当係が処分に困って仕方なく日本へ送り返したというわけか。ははは、はははは……」
いくら寿司は乾いた笑いを上げると、
「こんな汚いところで放置されて具も腐っただろう。どうせ、俺なんか……いくら寿司なんて大そうなもんじゃなくて生ゴミ寿司なのら。ははは、はははは……」
やけっぱちに改名して虚しく笑い続けたが、
「いや、さすがに生ゴミのままじゃいかんな。銭湯行って一風呂浴びて、出直そう」
気を取り直して銭湯へ向かった。
銭湯へ着き、
「一風呂浴びるぞーっ!」
入り口でいきなり衣服を脱ぎ捨て素っ裸になって浴場へ駆け出したが、
「お客さん、お風呂の前にお金!」
入口の男性スタッフに捕まってしまった。
「ああ、お金?もってないです。お金なら、お風呂の中に浮いてるんじゃないかな。ってなわけで、今からそれを確かめにいきまーす!」
それを振り切って浴場へ駆け込もうとした途端、
「ふざけんじゃねーっ!フロん中に金が浮いてるかーっ!無銭入浴は許さねぇえええええーっ!」
男性スタッフが鬼のような形相で生ゴミ寿司に躍りかかり、
「ひぇーっ!に、逃げろーっ!」
丸裸で逃げ出した生ゴミ寿司は、
「あっ」
勢いあまってそのまま建物の外へ飛び出してしまっていたではないか。
「ワーッ!今のなし!今のはなし!」
誰にも見られなかったのをいいことに慌てて中へ戻ろうとしたが、
「なぁ、キミ」
振り向くと、そこでは制服姿の警官が満面の笑みで微笑んでいた。
「あ、あははは……おまわりさん、どうもです……」
「どうもですねぇ。ところでキミ、良くないよなぁ?お外でそういう格好はさ……」
警官は狂気の笑みで手錠を取り出し、
「もうダメだー!こんなしょーもないことで逮捕されるなんて、やっぱり俺の人生なんてこんなもんなんだー!」
生ゴミ寿司は覚悟して目をつぶったが、
「こんなもんじゃない!諦めるな!タイム・リバース!」
希望に満ち溢れた高らかな声が響き渡った。
「誰だか知らないけどそんな綺麗ごと言われたってねぇ……あれ?」
目を開けてみれば、生ゴミ寿司の周りの時間が止まっているばかりか、どんどん巻き戻っていくではないか。
「じゃあこれはもしかして……」
「タイム・ストップ!」
予想通り、丸裸で外へ飛び出しかけたところで時は停止し、
「時間が止まっている今のうちに、早くパンツを履くんだ!」
姿の見えない謎の声の主が生ゴミ寿司にパンツを投げ渡した。
「おおっ!夢にまでみたパンツ!これさえあれば、こんな警官なんかに捕まらなくて済むぞーっ!」
生ゴミ寿司が凄い勢いでパンツを履き終わると、
「なぁ、キミ」
時間が完全に巻き戻り警官が話しかけてきたが、
「おやおまわりさん。何か?」
「キミ、良くないよなぁ?お外でそういう格好はさ……あれ?」
「履いてますけど?」
もうやましい所はないのである。
「おかしいな。本官は確かキミがノーパンなのを見て、手錠をかけようとした気がするんだが……」
「やだなぁおまわりくん。上半身ハダカだからって、外にいる時はちゃんと下履いてますよぉ」
「いやはや、どうもそうみたいだなぁ……」
「良くないなぁ。そうやって人を疑うのは……警察官として、どうなのかなぁ?」
「いやほんとにまったく……本官が悪うございました」
「うむ、分かればよろしい!」
「ははーっ」
すっかり弱腰になった警官がそそくさと退場していくと、
「それにしても、俺にパンツをくれた英雄はどこの誰なんだろう」
生ゴミ寿司は疑問に思ったが、
「それはこの俺……いや、そのお前だ!」
「そのお前……?あっ!」
英雄と思われるその声の主は、
「俺!?」
燦然と輝く黄金の羽を生やした生ゴミ寿司自身ではないか!
「そう。お前は俺。俺はお前。俺は未来から来た、お前自身だ」
「えっ?……ということは……俺は将来そんなピカピカの黄金を纏いタイムスリップも自由に行える超人に進化するってわけか!」
「そういうことだ……と言いたいところだが、断言はできないな。そうなるかどうかはお前次第だよ」
「というと?」
「俺は確かに未来のお前だ。だがそれはある道を進んでこうなったという結果に過ぎない。お前が俺を見たことで気が変わってその道を歩まなくなれば、当然のようにこの超パワーは得られない」
「その道を歩まなくなれば、超パワーは得られない……」
「そうだ。お前は俺と出会った事で多少なりとも思考の変化が生まれたはずだ。この先、俺の事を思い出したことによって本来と違う行動を取れば、当然のように運命も変わる。そうなればこの先ずっと超パワーは得られないかもしれない。だが、これだけは言っておこう。今のお前は落ちぶれていても、この先の道を歩めばこんな輝かしい未来もあるということだ。未来を、希望を信じろ!」
「未来を、希望を信じた!」
生ゴミ寿司が素直に信じると、
「それでいい。それから、生ゴミ寿司というのはやめることだな。ちゃんとした清潔な名前を持て。じゃあな……お前がいずれ、この俺になれることを信じて未来で待っているよ」
未来から来た生ゴミ寿司はそう言い残して現れたタイムトンネルの中へ消えていった。
「そうなんだな、未来は何があるか分からない。どんな素晴らしい事が待っているか分からないんだ……よし、決めた!今日から俺の名前は、希望マンだ!その名の通り、希望を信じて明日へ挑む!そしていつか必ず、あの超パワーを手に入れてみせるぞーっ!」
希望マンは高らかに宣言すると、明日を目指して歩いた。
パンツ一丁の身体に秋の風が冷たく吹雪いたが、希望という名のホッカイロに包まれた希望マンには寒くはなかった。

働 久藏【はたら くぞう】

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『お題ゾンビ』の物語などをマイペースに書いています。頑張って働 久藏(はたらくぞう)!


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