小説

006-仮面の下

 その人はいつも笑顔で、相手が誰であろうと分け隔(へだ)てなく優しく話す。例えば喧嘩を見つければ間に入って仲裁(ちゅうさい)したり、怪我をした人がいれば心配し手当したり、持ち切れない荷物に困っている人がいれば持ってあげたりといった具合に、それはもう本当に、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を絵に描いたような人だ。とは言ってもその人は『でくのぼう』とは程遠く、クラスどころか学年中から人気のあるような存在であった。
 でも僕は見てしまったんだ。なんとはなしに、今まで行ったことのない場所を歩いてみようかみたいな、そんな微塵(みじん)も関係ないような理由で校内を散策していた時に。僕はその人がそれだけ笑顔で人のために動いている裏で、誰もいない時間に誰も来ないような場所で一人声を立てないように俯(うつむ)き気味にこっそりと泣いていたのを。思わず僕は見ていないフリをして、音も立てないようにその場から逃げた。

 多分皆は知らないんだ、その人が何故こんなにも人に尽くすのか。その人が何故あんなにも笑顔でいるのか。

 当然翌日にも僕はその人が視界に入る。でもその人はいつもと変わらない笑顔で皆の為に動いていた。もちろん、と言うべきか、その周りの人たちもいつも通りに過ごしている。僕の脳裏に昨日見た光景が頭を過(よぎ)り、その日は視界に入る度につい視線を逸らしてしまった。
 でもどうしても、もう一度だけと気になって、僕は同じ時間に昨日の場所へと足を運んでしまっていた。するとどうだろう、昨日見たそれと何が違うのかといった光景がそこにはあった。僕はいたたまれなくなり、再び逃げた。

 もちろん、とでも言えば良いのか、今日もその人は笑顔で人のために動く。僕は思い切って行動を起こすことにした。今日は今までよりも早い時間に、同じ場所へと足を運んだ。やはりとも言うべきか、幸(さいわ)いなことにまだその人はここへ来ていなかった。まだ来ないかと少し待った後に今までと同じくらいの時間になるまでスマホを開いて時間を潰そうとした時、その人は現れた。
 相手は驚いた顔をしていた。恐らく今まで何度もここへ一人で来ていて、ここで誰かと会った事なんてただの一回も無かったんだろう。僕は思わぬタイミングに少しの間呆気(あっけ)に取られたが、すぐにハッとなり思い切って単刀直入に言った。ここで泣いていたのを一昨日からこっそりと見てしまっていたことを。そして尋(たず)ねる。いつもここに来ているのか、なぜここで一人泣いているのか、その時に俯いていた理由、自分に何かしてあげられることはないのかと。今思えばこの時にいきなりこんな質問をしたのかなんて理由は全く分からないけど、多分いつも誰かの為に動いているその人に対して僕がしてあげられることがあれば、お返しとして何かをしてあげたかったんだろうと思う。
 その人は思ったよりもあっさりと話してくれた。懐(ふところ)から僕らよりも小さい子と更に小さい子の写っている、端が若干滲(にじ)んで歪(ゆが)んだ若干古そうな写真を出して見せてくれた。その後も多少の涙交じりにゆっくりと話を続けてくれて、気づけば日は落ちかけていたのでその日はそこで解散した。

 多分皆は知らないんだ、その人が何故こんなにも人に尽くすのか。その人が何故あんなにも笑顔でいるのか。
 でも僕は知っている。僕の慕(した)う大事な人が何故これだけ人に尽くしているのか、そしてずっとこんなに笑顔でいるのかを。

お餅。

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ケモノ、ドラゴン。
色々なものが好きな『お餅。』といいます、句点までが名前です。
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