小説

㉛怪しい警官

「これに懲りて、もう偽札なんか作るんじゃないぞ!」
「だから、俺じゃないんですって……本体の奴が……」
「まだ訳の分からない言い訳をするかこの野郎。素直に犯行を認めなければ本当に牢屋だぞ!」
「ひぇええ、は、はいそうです!俺がやりました!」
「よろしい。書類送検で済ませてやった事に感謝しろよ。さぁ釈放だ」
誤認逮捕されたお題ゾンビのコピーは辛うじて書類送検のみで釈放となった。
「まったく、とんだ災難だったな……普通の誤認逮捕ならいくらでも打開策はあるけど、俺の場合は犯人と瓜二つ……というかコピーで同一人物なんだもんなぁ。そんなこといくら言っても信じてもらえないし……本体の野郎、今度会ったらタダじゃおかないからな!」
それを見送りながら、警官は不敵に笑った。
「あれが噂のお題ゾンビか。面白くなってきたぜ」
何やら怪しい警官である。
「奴を利用して……」
悪企みしたが、
「利用して……」
深く考えても、
「利用してどうしようか……」
分からなかった。
「いくら本官が警官の皮を被った悪人だからとはいえ、誰かれ構わず利用しようと考えるのはよくない。生まれつきの悪い癖だ」
そう自覚してはいるのだが、
「おっ、トンビだ」
珍しいものを見つけると、
「あのトンビを利用して……」
あてがなくてもつい企んでしまうのである。
「ダメだダメだ!企んじゃいけない、企んじゃいけない」
だが、
「企んじゃいけないと思うこの心を利用して……」
ここまでいくともうキリがない。

警官は生まれつきの悪人だった。
だが同時に生まれつきの間抜けでもあり、
「俺の生まれつきの悪人としての血が、他者を困らせてやりたいと疼く。でもどうやって困らせていいかが分からない!」
いつも何をしていいか自分で決められないのである。
「警官になれ……」
同じく生まれつきの悪人だった彼の父親は最期にそう言い遺した。
「警察は法律を管理する仕事だ。だから警察をやっていれば……どんな犯罪を犯してもその悪事を法律にしてしまえば無罪。我が子よ、警官は……警官はいいぞ……」
しかし、それは大きな間違いだった。
「1警官に国が定めた法律を変えられるわけなかったよなぁ」
現実は厳しかったのである。
「仕事もキツいし……」
警官は無学な父親のせいで人生の道を踏み違えていたのだった。

今日も警官は仕事上パトロールを行っていた。
「透き通った青い空」
を見ると、
「この空の青さを利用して……」
考えてしまうが、
「利用して……どうしようか……」
相変わらずだった。
「でっかい悪事を企んでみたいなぁ……」
その時、
「でっかい悪事を企むがいい!」
何者かの邪気を帯びた声が響いた。
「誰だ?」
「悪人を助け、この世に嘆きと絶望をもたらす邪悪なる意思とでも言っておこう」
「邪悪なる意思……」
「警官よ。お前に足りないのは知力。知恵さえ身に付けば、その性格の悪さなら立派な悪人になれる。我が力を分け与えお前を知恵のある悪人警官にしてやろう」
「おお、それぞまさしく立派な悪人への道!お頼みいたします!」
「よろしい。では受け取れ、知力光線!」
空から放たれた怪しげな光線が警官を貫くと、
「グワーッ!」
警官の間抜けそうな表情はみるみるうちにインテリ顔に変わり、
「あの大木と警官としての地位を利用して、あんな計画を企んでやる。あの鷲と警官としての地位を利用して、こんな計画を企んでやる……凄いぞ、いくらでも悪だくみが思い付く体質に進化してしまった!」
のである。
「よろしい。身についたその知恵で思う存分悪さするのだ!」
「ガオーッ!」
身についた知恵とは裏腹な野性的な雄叫びは警官の悪の闘志を騒々しく表していた。
「あらゆる企みを思いつくが、まずは犯罪初心者として軽犯罪から。第1は、万引きだ!」
警官は早速デパートに入ると、
「先ほど犯人からこのデパートに爆弾を仕掛けたとの脅迫がありました。皆様、速やかに避難してください!」
警官としての立場を利用した恐怖を煽って店内の人々を外へ追い出し、
「爆弾ないなぁ……おーい、爆弾くーん!」
探しているふりをして監視カメラの総合スイッチを切ると、
「ばくだーん……ムシャムシャ……ウマいなこの高級菓子。爆弾ちゃーん……いやぁ、実に美しい宝石だ……」
店内の高級食品や宝石を手当たり次第に手に収めた。
「正当な万引きのようなスリルはないが、警官の立場を利用してここまで好き放題できたら我ながら大したもんだ。でもこれって万引きというよりは火事場泥棒かなぁ。まぁそのありもしない火種を作っているのはこの本官なんだけどな。わはははは……」
警官は一通りの高級品を奪いつくすと、
「ご協力ありがとうございました。お陰様で爆弾は解体できたのですが、実は我々の捜査中に火事場泥棒が入ったらしく……爆弾が仕掛けられていたというのに、まったく命知らずの泥棒がいたもんです」
上手く取り繕ってデパートを後にした。
「こら、お前だな火事場泥棒!」
「はい警官さん。私がやりました!」
「いかん奴だ。逮捕する!」
誰もいないところで警官は1人2役を演じ自分で自分に手錠をかけたが、
「はい懲役終了~もう悪いことするなよ~」
ゆるい態度で即座に外した。
「もう悪いこと……しまーす!さて、次はどんな悪事を企もうか……あれもいいしこれもいいし……」
前と違って泉の様にアイデアが湧き出てくるのである。
「万引きもとい泥棒の次はやっぱ強盗だよなぁ。でも脅迫した時点で警官犯罪として扱われてしまう。さてどうしたもんか……」
じっくりと考えた末、
「よし、あの手でいくか」
警官は策を思い付いたようであった。
「警察の者です。奥さん、ここ数日の間で特定の条件下の財布の持ち主を狙った連続殺人事件が多発しておりまして、ちょっと財布を拝見してもよろしいでしょうか」
出まかせの殺人事件で恐怖を煽り、通りがかりの主婦から財布を巻き上げると、
「あっ、こりゃいかん。犠牲者全員の財布の特徴と一致しておる。いやぁーこりゃいかん。なーむ……」
「ひぇえええ!な、何か方法はないんですか刑事さん?」
「まぁ、この財布を捨てれば助からないこともないでしょうなぁ。しかしその場合、中身も全て放棄しなければ犯人のターゲットからは外れないようですが。いやぁ、おかしなコダワリの犯人ですなぁ」
「なら中身も捨てます!そんな状況でお金なんてどうでもいいわ。ひぇええええええーっ!」
主婦は財布を置いて一目散に逃げ出した。
「がははは。上手くいったぜ。見るからに金持ちそうなヤツだったが、本当に大した金持ちじゃないか。大判小判ならぬ、ゴールドカードやら口座カードやらがぎょうさん。うへへへへ……」
形は違えど脅しで金を巻き上げたのだから立派な強盗である。
「泥棒に強盗ときたら……次は暴力だ。衝動で誰でもいいから殴りたい。ここはまず……えいっ!」
早々に暴力したが、
「いてぇ!」
殴った相手は自分自身だった。
「おい、自分で自分に暴力してどうすんだ!」
色んな意味で「イタい」奴である。
「ここは警官としての地位を利用して……」
考えたが、
「利用して……?」
一向に思いつかなかった。
「しまった、自分で自分を殴った衝撃で身に着いた知恵を失い、昔のようなバカに戻ってしまった!」
それは一大事である。
「邪悪なる意思よ!もう一度、本官に知力をくれぇ!」
天に叫んだが、
「すまない警官よ。残念だが、知力光線の元が切れてしまった」
「そんなぁ!」
もはや元に戻れる術はないようだった。
「自分で自分に暴力なんかしたのが愚かだった。こうなったら愚かだった自分への裁きと同じ衝撃で元へ戻れる可能性に賭け、もっともっと自分で自分に暴力してやる!」
警官は自らをボコボコに殴ったが、
「利用してぇ……どうしようか……」
知力は回復せずアザが増えていくばかりであった。
「こうなったら……」
何か思いついたようであるが、
「こうなっても……」
それは形だけで結局どうしたらいいか分からない。
「ええい、分からん。こうなったら何か思いつくようにひたすら頭に衝撃を与えるまでだ。えいっ、えいっ!」
警官は引き続き自分で自分を殴り続けた。
かれこれ1時間が経過したが、
「えいっ、えいっ!」
まだ殴っていた。
殴り続け、
「疲れた」
少し休憩してふと鏡を見ると、
「ぎゃーっ!」
そこにはおぞましい形相の怪物が映っているではないか!
「ひぇえ、おまわりさーん!」
自分がおまわりさんである事も忘れて情けないものである。
「……ん?」
しかしふと気付くと、
「あの怪物、どこかで見たような……」
気がするのだった。
「……って、よく見たらこれ本官じゃないか!」
殴り過ぎてボコボコに腫れた顔が怪物に見えたのである。
「あーあ、いつの間にかこんなになっちゃって……ここまでして一向に回復しないんだから、本官も哀れな警官だよ。警官関係ないけどね……」
自分の哀れさを痛感しながらじっと鏡を見つめていると、
「この醜さを利用して……」
無意識の癖でいつもの言葉が漏れたが、
「利用して……!」
その言葉はいつもとは何かが違った。
「思い付いたぞ、この醜さを利用した悪事の方法!」
自力で方法に辿り着いた警官はすぐさま計画を実行に移した。
「ああ、お金が欲しいなぁ……」
「キャーッ!」
「こんな顔になっちゃってさぁ、お金が欲しいんだよねぇ……」
「あげます、あげますから!」
「え、くれるの?そりゃあどうもです。がはははは……」
ボコボコ顔の警官が市民の前でわざとらしく金を求めると、怯えた市民たちは次々と金を払う。
「でもこれって、本官が警官である必然性ないよなぁ」
その事に悩んだ警官は、
「一応言っておくと警察の者ですが、お金が欲しいなぁ……」
特に意味なく自分の立ち位置を名乗って金をせびり続けた。
「自分の知恵でここまで善良な市民から金を巻き上げられたとは……本官も立派な悪人として成長できたんだ。なんと感動的なんだろう。感動のあまり、泣いてしまおう。うわーっ!」
警官が大泣きするとその涙は醜かった顔の腫れを押し流し、
「あっ、元へ戻った!」
のはいいが、
「でもこれじゃ金をせびれない!」
のは困る。
「よし、この状況を利用して……」
いつものを考え始めたが、
「いや、ちょっと待てよ?本官のやっている悪事は全て金儲けだ。デパートの宝石も自分が欲しいわけじゃなくて金づるとして奪ったわけだしな。でも金を儲けたところで、今の本官には使い道が、趣味がない。趣味と言えば人を困らせることくらいだが、この趣味はそこまで金を要さない。せっかく悪いことして金を巻き上げたなら、この金は自分の心を満たす娯楽に使わなければ、多額を要する趣味を持たなければ!」
よくよく考えると論点は状況の利用ではなかった。
「趣味ねぇ……ウマいもん食べるのはまぁ好きだが、グルメになるには向かないし……ゲームとか……ゲーム弱いんだよなぁ……ああ、無趣味は退屈と苦悩を呼ぶ!」
考えに考え、
「そこはやっぱり、警官としての立場を活かした趣味を作ろう。それが状況を利用するというものだ」
警官はとんでもない趣味に目覚めてしまった。
「うひひひ……そうだ、不当逮捕だ。まず善良な市民一人をターゲットにする。そして適当な数名の一般人を大金で買収し、本官がターゲットに罪を擦り付ける。容疑を否認するターゲットに、買収された数名の一般人も犯行現場を目撃したと声を合わせて主張。警察も犯人と認め多数の目撃者もいるとなると、有罪は確定だ。これぞ儲けた金の使い道にして警官の立場を利用した究極の趣味なり!」
そうと決めた警官は路地裏にたむろする性格の悪そうな若者たちに大金をバラまき、
「面白そうだなお巡りさん。やってみようぜ!」
策に乗った若者たちを周囲に配置させてターゲットを決定した。
「よし、あいつにしよう」
ターゲットに選ばれてしまった小柄な青年は本当に哀れである。
「そこのキミ!誰だか知らんが、本官はキミが連続暴行事件の加害者であることをしかと目撃した!」
「な、何のことですか」
「とぼけても無駄だ。あれだけのことをしたなら懲役は20年。さぁ、容疑を認め本官と来い!」
「じょ、冗談じゃない。僕はやってません!」
「なら周囲の方々に真実を提示して頂こうじゃないか。皆さん、この男は犯行を犯しましたよね?」
「ああ、俺たちも確かに見たぜ」
「か弱い女性をボッコボコにしてたなぁ」
「お年寄りにも暴力振るってましたね」
「あら、何のお話ですかぁ?……暴行犯?あ、私もこいつの犯行をはっきり見ました!」
「これだけ証人がいるんだ。言い逃れはできまい。さぁ、逮捕だ!うひひひひ……」
警官がいやらしい笑みを浮かべながら悪魔の手錠をかけようとした瞬間、
その体は宙を舞い、経験した事もない激しい衝撃と痛みが彼を襲った。
ターゲットの小柄な青年の右手から繰り出された一突きが警官を吹き飛ばし、コンクリートの壁に叩きつけたのである。
「ここまで目撃者がいるとなると仕方ない。そう、確かに俺は元・格闘家の腕を活かした連続暴行犯だ。だが俺が殴った女や年寄りは自分の弱い立場を利用して好き放題の悪事を犯していた無法者。お前ら警察が情けないから代わりに悪党を成敗してやっているというのに、逮捕される筋合いはない!」
どうやら、狙った相手が悪すぎたようである。
警官は薄れゆく意識の中で叫んだ。
「だ、だからといって……誰に対しても……暴力はいけませーん……暴力するような奴は……本官みたいなろくでもなしになっちゃうぞぉ……」
最後の方は声に出ているかもよく分からないまま、警官は静かに失神した……

「全治20年!?」
「はい」
「全治20日間の間違いじゃないですかこれ?」
「この痛みが全治20日間程度だと思いますか?」
「いてててて!20年、20年です。はい!」
こうして、罪なき一般人に懲役20年の濡れ衣を被せようとした警官は反対に全治20年間の重傷を負わされてしまったのだった。
「本官の人生とは何だったのだろう。因果応報という言葉がある通り、やはり悪いことをすれば悪いことが帰ってくるのか。せめて懲役1年くらいにしておけば、本官の受けた傷も全治1年で済んだのかもしれない……ええい、それにしてもいまいましい!全治20年だと?ふざけやがって!過酷な境遇は本官の性格の悪さを更に加速させる!こうなればもう因果応報で全治500年くらいになっても構うもんか。この状況を利用して、超凶悪犯罪を企んでやる。この状況を利用して……」
またいつものが始まった。
「利用して……」
考えたが、
「ふぁーあ……」
大きなあくびを1つすると、
「とりあえず今は、1日も早く傷を治すべく休むかぁ。おやすみなさーい……」
いびきをかいて眠り始めた。

長い眠りの中、警官は夢を見た。
その夢の中では父の死の間際の出来事が展開されている。
だが、その遺言は現実のものとは違った。
「サラリーマンになれ……」
老衰の父は最後の気力を振り絞って訴えた。
「サラリーマンになれば、他人を困らせてやりたいが困らせ方が分からないなんてバカなことを言っているお前でも仕事を通してまっとうな人間になれるだろう……我が子よ、サラリーマンは……サラリーマンはいいぞ……」
「これは夢だ、父はこんなことを言う人間ではなかった……」
警官はすぐに気付いたが、
「でもこんな父親を持っていれば、本官も道を踏み外さずに済んだんだろうな……」
そう考えるとすごくしんみりしてしまうのである。
「できることならばもう1度、ここからやり直したい」
本気でそう思った。
「ここからもう1度やり直すには……やり直すには……」
じっくりと考え、
「そうだ、ずっとこの夢の世界にいればいいのだ!夢の世界の本官は父親にサラリーマンになれと言われたのだからサラリーマンになるはず。このままサラリーマンとなり、平凡な人間になろう……」
こうして夢の中で警官……いやサラリーマンの第2の人生が始まった。
サラリーマンはサラリーマンとして立派に仕事をこなした……のはいいが、
やはり他者を困らせて喜ぶ性格の悪いサラリーマンであることに変わりはなかった。
「平凡な社会人として人を困らせるのもまた面白い!本官……じゃない、俺は根っからの悪人なのだから、どうあがいても姑息な悪党よ。それにここは夢の世界。俺が見ている夢の世界の住民をどうしようが自由というもの。さぁ、今日も悪さしながら働くぞう!」
サラリーマンは悪事をエンジョイしていたが、
「……ハッ!」
目が覚めるとそこは病院のベッドである。
「ということは俺は……いや、本官は警官?」
「あら、お目覚めになられたんですね。一眠りされてだいぶ回復されたようなので、一気に全治10年くらいになったと思いますよ。良かったですね。さぁ、包帯取り替えましょう」
看護師が包帯を取り換えに来たが、
「いやいやいやいや、全治10年いや。警官いや。本官は夢の中ではサラリーマンなの。だからその立場を維持する為に……」
近くの花瓶を手に取ると、
「えいっ!」
自分の頭上へ振り下ろしたではないか。
「ああっ、せっかく良くなられたというのに何をなさいます!?」
「へへへ。本官は失神して自分のいるべき場所に、夢の世界に帰るまで。病院のベッドで眠る警官より、夢の中でサラリーマンやってた方がいいの」
「……あの、それでしたら……」
「はい?」
「現実世界でしっかり休んで傷を治し、警察を退職されてサラリーマンとして働かれた方が良いのでは?」
「そ、そうか……そこまでは頭が回らなかった……ちーん……」
警官は真実に辿り着きながら、花瓶の衝撃で再び失神した。
本当に、どこまでもおかしな男なのであった。

働 久藏【はたら くぞう】

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『お題ゾンビ』の物語などをマイペースに書いています。頑張って働 久藏(はたらくぞう)!


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