夕陽の海が浜辺に並んで座る2人の男女を照らしていた。
若い女性が最初に口を開いた。
「素敵な夕陽ね」
「……」
「でも、あなたはもっと素敵よ」
「……」
「私の愛しい銀行強盗様……」
隣に座っている人相の悪い中年男性・銀行強盗の虻川には分からなかった。
なぜ、この女は俺のような男に惚れるのだろう?
この女・ナナ子は虻川がターゲットにした銀行で受付として働いていた。
その銀行には「銀行内で強盗の仕事をしている」という男がおりその銀行強盗がナナ子に惚れていたにも関わらず、彼女はその男ではなく自分に銃を突きつけた虻川に恋をして堂々と駆け落ちをやってのけたのである。
「おかしな女だ。銀行員が銀行強盗に惚れてどうする」
「私はもう銀行辞めたから銀行員ではないのでーす」
「だから、どうして銀行員が自分を人質にした悪党の銀行強盗なんかとくっつくために駆け落ちして仕事を辞めるのだ。何の為に銀行で働いていた?」
「お金の為でーす。世の中、お金でーす」
ナナ子の思考は理解に苦しむが、ここだけは的を射ている、と虻川は思った。
「でも、銀行強盗様と出会って考えが変わりました。世の中、恋でーす」
「だからどうして相手が俺のような犯罪者なのだ。俺はあの銀行の金をごっそり奪ったが、銀行員の心まで奪ったつもりはない」
「でも事実、奪われてしまったのでーす」
「なら返してやるよ!」
虻川はナナ子を突き飛ばした。
「あ~っ」
浜辺の急斜面をナナ子が転がっていく。
「自分で言うのも何だが、銀行強盗なんて人間のクズだ。人間のクズなんかと付き合うより、もっとマシな男を見つけろ」
近くのバス停でバスを待っていると、泥だらけのナナ子がにこにこしながら戻ってきた。
「私は人間のクズに惚れちゃう性質なのでーす」
虻川は次の目的場所にナナ子を連れてきた。
「どうしても俺から離れないというのなら、俺の計画に加担してもらう」
「はーい。私も銀行強盗、やりまーす」
「いや、お前は銀行強盗の役じゃない。まぁ、せっかくだからバラエティに富んだ犯罪を楽しませてもらうか」
「助けてーっ! 殺されるーっ!」
銀行に突然見知らぬ女性・ナナ子が悲鳴を上げて飛び込んできた。
「はい?」
唖然とする銀行員たちは、後から来た虻川の手に握られた拳銃を目にしてゾッと凍りつく。
「おっ?ここは銀行か。俺は銀行強盗という訳ではなく単なる殺し屋で、その女を始末するところなんだが、ついでにこの銀行の金も頂くかぁ」
ナナ子に被害者役をやらせることで、虻川はいつもとは一味違った役柄を演じた。
「その女が銀行に逃げ込まなければこうはならなかったがなぁ。恨むなら女を恨め」
「女を恨んだ」
ここが虻川のミソだった。銀行強盗に押し入られるよりも、どこの馬の骨とも知れない女が飛び込んできたせいで被害に遭うという方が悔しいものである。
銀行員たちはナナ子を恨み、虻川はますます調子に乗った。
「もっと恨め」
「もっと恨もう」
銀行員たちの恨みが募った。
「恨みが足りないぞ!」
「確かに足りない」
虻川の掛け声で、銀行員たちのナナ子への恨みが増していく。
「もっともっともっと」
「……!」
恨みの境地に入り、銀行員たちはナナ子に無言の恨みをぶつける。
虻川はその様子が楽しくてたまらなかった。
「もっともっともっともっと」
「…………!!!」
「もっともっともっともっともっともっともっともっと……」
だが銀行員たちの恨みの邪気がたまりすぎて周りの酸素が減少し過ぎたあまり、
「!」
虻川は酸欠になって倒れてしまった。
「虻川将司。相棒の森本ナナ子と合わせて懲役50年だ」
「懲役50年だと!?」
気が付けば刑務所の牢屋に入れられていた虻川は驚きの声を上げた。
「そんなバカな。いま50だから、懲役50年なら終身刑じゃねぇか。俺はまだ銀行に3件しか押し入っていない新米の銀行強盗で、殺しも暴力もやっていないというのに懲役50年はねぇだろう」
「とぼけるな。銀行員の話によれば、お前は殺し屋だと名乗ったそうだな。それに詳しい話は森本から聞いた。迷宮入りの強盗事件の数々、すべてお前たちの仕業だったんだな。あれだけ多くの事件を巻き起こしておいて、よくそんな事が言えたもんだ」
「何だと?」
隣のナナ子を見ると、めそめそと泣いていた。
「そうなんです。この人がやろうって言ったものだから私もつい一緒になって、多くの犯罪に手を染めました。数十年分の犯人が分からなかった強盗事件は、すべて私たちの仕業です」
ナナ子は他人の犯した数々の罪を自分と虻川に被せたのだ。
警察官が立ち去った後、虻川はナナ子に詰め寄った。
「どうしてあんな真似を?お前があんな風に泣きながら言ったんじゃ、俺がいくら弁解しても嘘だって信じてもらえねぇだろうが!」
「だって、そうすれば虻川様とずっと一緒にいられるから……」
ナナ子は初めて虻川を名前で呼んだ。
そして虻川を振り返った彼女の、この世の者とは思えないほどの狂気に満ちた笑みを見るのも初めてだった。
「ずっと、一緒に……」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
虻川は今後訪れるであろう数々の恐怖に震え、悲鳴を上げた。