小説

①お題ゾンビ誕生

「誰か、お題をおくれ……」
男はフラフラと町中を彷徨っていた。
「誰か、お題をおくれ……」
男は作家志望の中年男性だった。
新しい話のネタを探してゾンビのようにあてもなく彷徨っていたのだ。
「誰か、お題をおくれ……」
「ママ、あの人」
「目を合わせちゃいけません!」
人々は皆、男を気味悪がって逃げていく。
それを見て、男は思った。
「不気味に徘徊する俺を見て気味悪がって逃げていくとは、何とまともなんだろう。俺もあんなまともな人間になりたかった」
しかし男はそんな変り者だからこそ物語を書くことができ、その発想を求めるのだった。
「そうだ、一眠りしよう。面白い夢が見られればネタになる」
男は路上でごろりと横になり、ぐうぐうと大きないびきをかいて眠った。
そのいびきのあまりのうるささに、近くの建物でガラスが割れた。
割られたガラスの破片は怒った。
「このやろう」
怒ったガラスの破片は男の足を突き刺した。
「痛い」
あまりの痛さに、男は失神した。
だが、その痛みに喜んでいた。
「眠るより、失神した方がよい夢が見れそうだ」
それは事実で、たしかに男はいい夢を見た。
ただそれは宝くじに当たって億万長者になるという個人的なもので、発想には向かない。
目が覚めると、幻の大金と同時に足の痛みは消えていた。
男はガラスの破片に頼み込んだ。
「もう一度、失神させてくれ」
「もう気は済んだよ」
「俺の気は済んでない」
「知るか」
「知れ」
「知った」
ガラスの破片は再度、男の足を突き刺した。
「痛い」
だが、次の夢も豪華な料理を食べるという個人的なものだった。
「もっと役に立つ夢を見せろ!」
男はガラスの破片に怒った。
「俺の責任じゃない」
「お前の失神のさせ方が悪いんだ」
「お前の失神の仕方が悪いんだ」
「させ方だ」
「仕方だ」
「させ方だ」
「仕方だ」
延々と続く2人の争いに対し、通行人の1人がたまらず声をかけた。
「あの……いびきで窓ガラスを割り、ガラスが喋るなんてお話の世界じゃないのかな」
2人は思わず顔を見合わせた。
「あんた、話のお題を求めているうちにいつの間にか話の世界に入っちまったみたいだね」
「どうしよう」
「俺はどうもしない」
ガラスの破片はそそくさと元の窓へ戻っていった。
「どうやって話の外に出よう。やはりお題を思いつくしかないのか」
男はお題を考えた。
「思いつかない」
考えて考え抜き、ふと思った。
「そういえば、あの時ネタを求めてひと眠りしたのが始まりだった。ということは、ひょっとして全ては夢かもしれない」
男はそうであることを願ったが、
「夢オチだけは許さん!」
天の声と共に落ちてきた雷が男を直撃した。
「ぎゃあああああああ」
雷に打たれた男は哀れにも廃れた姿になった。
「お題をおくれ……」
ボロボロの身なりでお題を求めて彷徨う男の姿を、人々は皆「お題ゾンビ」と呼んだ。
しかし彼は、そんな自分自身の哀れな姿が1つの物語になっていることに気付いていない。
誰か、素敵なお題を見つけてお題ゾンビを助けてやってください。

働 久藏【はたら くぞう】

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『お題ゾンビ』の物語などをマイペースに書いています。頑張って働 久藏(はたらくぞう)!


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