世界には、行ってみたい所が沢山ある。
今はコロナ渦だし、そうでなくても結構なお金や時間がかかる。
それ以前に僕は英語が分からないので、行きたいから行けるというわけでもない。そんなわけで写真とか映像を見るだけになるのだが、それだけでもワクワクするし、実際に行かない分、とめどなく幻想が膨らんでいく。
僕の琴線に触れる場所というのはズバリ、「ファンタジーを感じるところ」だ。
壮大な風景、悠久の歴史、異国情緒、そういうものを感じられる場所に行きたい。
そんな場所で過ごし、まるで物語の舞台に立っているかのような気持ちを味わいたいのだ。
僕の世界地図はドラクエで出来ていた
なぜそんな風に思うようになったといえば間違いなくドラゴンクエスト=ドラクエの影響である。
物心ついたころにはドラクエがあった。帝釈天で産湯をつかったのがトラさんならドラクエでそだった僕ら世代はドラさんである。
ドラクエの影響はすごい。
子供の頃、僕には一時期「架空のRPGの攻略本を作る」という趣味があった。
大判の無地の紙を折って本のようにして、その中に「〇〇の町」や「〇〇城」だとか、「くらやみの洞窟」「魔の塔」みたいなダンジョンのマップを書いていく。
そこに設定を加えていくのだ。
〇〇の町には武器屋と道具屋のほかにカジノがある。〇〇の塔には隠し通路があり、そこを通らないとボスのもとへ辿り着かない。〇〇というダンジョンに出てくるのは強いモンスターばかり…とか。
これは全て、ドラクエの真似っ子である。
これがなかなか楽しくて、冗談抜きで200ページ以上になるくらい書いていたのだが、小分けにしてホチキスで留めたものをセロハンテープでくっつけるという愚かな製本をしていたために何度も決壊してしまっていた。
こんな変なことをしていたのは僕くらいかもしれないが、ともかく僕らが子供の頃は学校でも塾でも同級生はみんなドラクエに夢中だった。
皆、他人より進んでいる事を自慢したくて、朝学校に行くと挨拶もそこそこに「今どこまで行った?」と尋ねあっていたし、真っ先にクリアした奴はすごい奴として扱われた。
当時はインターネットも普及していなかったし、いち早く発売されるVジャ〇プの攻略本は出版が早すぎるために、いつも中途半端なところで打ち切られていて物語の後半の情報が全く乗っていない。そのせいで「友達の友達から聞いたんだけど」系のデマがまかり通っていたのだが、それも冒険の幅を広げてくれて楽しかった。
一番有名なのがドラクエ5に関するデマで、「エスターク(ドラクエ5の隠しボス)を5ターンで倒せば仲間になる」というもの。
当時の小学生たちの間では、「俺、エスターク仲間にした」というウソがそこら中に飛び交った。
僕の友達もご多分に漏れず「仲間にしたよ」と言うので、じゃあ見せてくれと言ってみたら、「勉強で忙しいから思い切ってドラクエ壊したので見せられない」と答えられた。バイオレンスが過ぎる。しかしそんなどう考えても虚偽100%なセリフを信じ込んだ僕は、子供のころから騙されやすいタイプだったのだろう。
子供というのは大体嘘つきである。
勿論僕の周りの子供たちも、「エスタークを仲間にしたがソフトをぶち壊した」というバーサーカーの他にもオオカミ少年みたいなやつでいっぱいだったので、そいつらから聞く情報はうかつに信じてはいけないと思うようになっていた。
ドラクエ6の時、大魔王のいる世界に初めて訪れた時は全員のHPが1になる、と聴いたときももちろん「また嘘だ」と思ったのだが、それは事実だった。あれは驚きだった。モンスターに遭遇していたら全滅である。
よくよく考えれば多分ゲームの仕様的に、その状態で最初に町に着くまではモンスターが現れないようになっているのだと思うが、かなり焦ったものだ。
インターネットやスマホ、タブレットが普及し、発売日より先に攻略情報であふれかえる今はそんなホラ情報が出回る余地はないのだが、なんとなくそれも寂しい気がする。
デマやホラが飛び交い、後半全く役に立たないVジャ〇プの攻略本しかなかったころは、不便ではあるが未知の地方を行く旅人のような楽しさがあった。
子供時代、インターネットが普及していない、などの条件も合わさって、ドラクエというのは圧倒的な体験であった。
ドラクエや、のちに発売されるテイルズシリーズなどのRPGを多感な時期にプレイした結果、僕はファンタジーが大好きになる。
読書の趣味も、ファンタジー小説を読む事からはじまったようなものだし、MMORPGに手を出したのもファンタジー好きが高じてである。
テレビの「世界遺産」や「世界の車窓から」を見るようになり、その結果、世界の幻想的な場所に想いを馳せるようになっていく。
世界史上最高の国と呼ばれるローマ帝国の遺跡、中世のにおいを色濃く残したイギリスやドイツの古城、迷宮都市と呼ばれるモロッコのマラケシュ……世界には素敵な場所が沢山ある。
そんな中、ひときわ目を引いた土地がある。
まるでドラクエの世界から現れたかのような響きを持つその町の名は――「サマルカンド」
永遠なる青の都
サマルカンド。
世界中の土地の中でも名前の「異世界っぽさ」は他の追随を許さない。
ドラクエには「サマルトリア」という王国があり、ドラクエと人気を二分したファイナルファンタジーシリーズにも「ザナルカンド」という地名があるが、どちらもこのサマルカンドが元ネタとなっている。
街の成り立ちもいい。
サマルカンドの「サマル」は「人々が出会う」を、「カンド」は「町」を意味する。
その言葉通り、世界の東西を結んだ「シルクロード」のまさに中間地点に位置する町だ。
先ほど言ったローマ帝国はもちろん、香辛料が豊かなインド、絹を生産する中国など、世界中の地域から旅人や商人が訪れる。彼らは一時の時間を共に過ごしてから、それぞれの目的地を目指して旅立ち、あるいは帰っていく。この街に暮らす人々はそうした旅人たちを迎え、送り出していく。
そんなロマンが、この町にある。
何より素晴らしいのはこの町の風景だ。
空には中央アジア特有の抜ける様な青が広がっており、モスク(イスラム教の教会)や宮殿などの建物を装飾するタイルやラピスラズリの青はその空に比せられるほどに鮮やかだ。
オリエント建築の粋を集めたかのような建築物の壮大さも目を引く。特に都市の中心部、三方を「メドラサ(イスラム教の神学校)に囲まれた「レギスタン広場」の光景が圧巻である。こんな場所が世界にはあるのだ。
いつも心に冒険を
というわけで、子供の頃にドラクエに夢中になった結果、大人になってサマルカンドに行ってみたくなった、というお話である。
今はもう、シルクロードの時代ではない。ユーラシア大陸の東西を荷馬車で行き、未知の物事を魔法の様に思うこともない。道が正しいかどうかだって、グーグルマップが教えてくれる。
けれど、人は旅に憧れる。少なくとも僕はファンタジーに思いを馳せてしまう。
剣も魔法も使えないけれど、まるでゲームの主人公の様に、こんな街を隅から隅まで歩いてみたいと思ってしまうのだ。
ちなみに、サマルカンドがあるのはウズベキスタン共和国だ。このウズベキっていう名前の響きが割と好き。僕の中では「ボスニア・ヘルツェゴビナ」や「ウルグアイ」などと並んで「声に出して読みたい国名」の一つなのだが、一般的にはメジャーな国というわけではない。
サッカーのワールドカップの最終予選あたりで対戦する国なので、サッカー好きなら手ごわい相手という印象があるかもしれない、レベルの認識度ではなかろうか。
そんなどちらかと言えばマイナーな国、というのがまた旅人心をくすぐってくれて乙なものなのである。