その平凡な主婦・ボコは図書館が好きだった。
図書館で読む特定のジャンルの本が好きな訳でなく、漠然とあの落ち着いた雰囲気が好きだったのである。
「よし、うちも図書館を開こう」
ボコはそう決意すると我が家を図書館仕様へと改造し、
「ボコのとしょかーん!図書館ですよー!本が読めちゃいますよー!いかがですかーっ!」
ご近所に向けて大声で宣伝しまくった。
「うるさいなぁ……」
市民たちが渋々ボコの図書館へ足を踏み入れると、
「何だこりゃ!?」
そこにある本は皆、ボコがつけた何十年分もの日記を無理やり本の形に仕立て上げたものばかりではないか。
「ここはボコの図書館。一番偉いのは館長のボコ。だから、そんなエラーいボコ館長様のこれまでの経歴は利用者の誰もが知りたいはず!親がつけてくれた幼稚園の日記から、自分で書き出した小学生から高校生までの日記、そしてその後、今に至るまで。40年間365日、歯抜けだけど殆どが知れるよーん!みんなボコのこれまでを知りたくて知りたくて日記1冊借りるにつき100億出してもいい気分だろうけど、ボコちゃん優しいから全部タダで貸し借りしちゃうんだぞーっ!いやー、ありがたいなー。心優しい主婦だなーボコちゃんって。わははははは……」
その非常識な態度に、市民たちはカンカンである。
「ふざけるな!誰がそんな日記なんか!」
「あんたがこれまで何して来たかなんてどーでもいいのよ!」
「こんな汚い字で書かれたお粗末な日記が、本と言えるか!」
「二度と来るか!こんなインチキ図書館!」
全員怒って出て行き、
「ぬぬぬぬ、ぬわんだとおおおおおおーーーーーー―ッ!」
その100倍の怒りを燃やしたのがボコである。
「本は文芸!文芸は芸術!芸術は国家財産!ボコの日記は国家財産だというのにあいつらぁ!」
その激しい怒りはボコの体質構造を変え、
「おっ?」
ボコの足は時速100キロのスピードが出せる高速脚へと進化した。
「よし、こうなったらこの足で全部ボコ様の思い通りにしてやる!」
言うや否や、ボコは時速100キロで走り出し、
「まずはお前らの大好きな『本と言える本』を増やしてやる!」
1日であちこちのゴミ捨て場をかけずりまわって捨てられた書籍という書籍をかき集め、図書へと加えた。
児童書にマンガに小説に雑誌に……幅広く集まったものである。
「本当はボコ様の日記だけで充分だけど、まぁ確かにちゃんとした市販の本もないと寂しからな!」
そして、
「よーし、ここからが本番だ。あいつら全員、呼び戻す!」
ボコは猛スピードで外へと駆け出した。
そんなことはつゆ知らず、昨日ボコの図書館を訪れた市民たちは集まって文句を言っていた。
「ボコさんは一見ただの平凡な主婦なんだけどねぇ」
「頭の中身は全然平凡じゃないのよね!」
「困るよなぁ、ああいうの」
「今度何かおかしなことやってきたら、みんなでとっちめてやりましょ!」
そんなことを言っていると、
「ボコボコ図書館の館長のボコでぇーす!」
噂のボコがやってきたではないか。
「あいつ、またおかしなこと言ってるぞ!」
「とっちめてやらなきゃなぁ!」
「ボコボコ図書館の利用は、市民の義務でぇーす!」
「うるせぇえええーっ!おらあああああーっ!」
怒りのあまり暴徒と化した市民たちが一斉にボコへ躍りかかったが、
「フン!」
ボコは拳一突きで全てを制した。
「ご……はあっ……」
「やら、れたぁ……」
市民たちはボコの拳の前に敗れ失神したが、
「失神してる時間に、本を読もう!ボコの図書館は凄い!ボコの図書館はためになる!」
耳元で大声を出され一瞬にして起こされてしまった。
「ワーッ!逃げろお!」
車のある者は大慌てでマイカーに乗り込み逃げ出したが、
「面白い。ボコと競争!」
ボコも余裕でその後を追いかける。
「ここまで来れば!」
安心しかけたが、
「ボコボコ図書館~ボコボコ図書館はいかがかね~」
遅れて追いかけたボコは余裕で車と並走しているではないか。
「ひェええええ!」
「ふぎゃあああ!」
「ボコボコ図書館は良いぞ……」
「良くなーい!」
「逃げろーっ!」
諦めずに逃げたが焦るあまりにハンドルを切り損ね、
「あっ」
事故り、
「!?」
車が爆発し、
「うわーっ!」
投げ出されたが、
「ボコちゃんキャーッチ!」
でその身体を受け止め、
「ボコボコ図書館は良いねぇ……」
満面の笑みでその顔を覗きこんだ。
「良い……かもしれませんねぇ……」
市民たちはその強大な狂気の前に屈服するほかなかった。
「ボコボコ―ッ。ご利用頂きどうもでーす!」
その後、車で逃げなかった者達もボコに捕まって御用となり図書館の利用を強要されていた。
「はぁ、別にご利用したくないけどご利用させられてます……」
「ぬわにぃいいいいいいいいーーっ!?」
「い、いえっ!ご利用したいので、ご利用しております!」
「ああ、それならよろしい。ボコボコボコ……」
そして本と合わせて日記をどれか1冊必ず借りなければならないのもボコボコ図書館のルールだった。
中には本を借りてその内容に純粋に感動する者もおり、
「ボコさん!この本めちゃくちゃ良かったです!感動の名作でした!ここの場面からが特に……」
その感動を熱心に語ってくれるありがたい利用者もいるのだが、
「この度は、ボコボコ図書館のご利用ありがとうございましたー」
「いやだからね、聞いて下さいよ。この場面で……」
「ご利用ありがとうございましたー」
本を借りさせることに意味があり、その内容には全く関心を抱いていないボコにとっては馬の耳に念仏なのである。
「ダメだこりゃ……まぁいいや。一応ボコさんの日記の方もそれなりには面白かったですよ。それじゃ」
ありがたい利用者がボコの態度に諦め社交辞令を残して帰ろうとすると、
「おおーーーーーーホントですかぁ!?ってまぁそりゃそうかー。なんてったってこのボコちゃんの日記だもんねー。あんさんは2丁目の鈴木さんだね。鈴木さんが借りてったボコの日記は、1987年12月。ああー、あの時のかぁ!あの時は色々あって大変だったんだよねー。まず12月1日のことだけどね……」
日記の話になると先程までの塩対応が嘘であるかのようにベラベラと喋り出すのである。
「寒空の中で厳しい農作業に挑むボコの勇姿が、これいかに……」
「ああ、寒空の農作業と言えば、こっちのお話でもそういうシーンがあってこれまた……」
スキをついて本の内容に切り替えようとするありがたい利用者だが、
「はい、ご利用ありがとうございましたー。……それでもって、この時のボコちゃんはだね……」
もはや何を言っても無駄であった。
こうしてボコは強大な力によって市民たちを屈服させるに至り、非常に満足していた。
「ボーコボコボコボコ。愚民どもを思うように従わせることのなんと気持ちの良いことよ……」
もはや今のボコはやることのスケールが小さいだけで完全なる悪の独裁者である。
「そうだよねぇ、我ながら今のボコの独裁者っぷりよ。それなら次は、お金儲けだ!」
その規模はエスカレートし、
「館長のボコ様は偉人も同然だから、その日記は伝記も同然!時価数億円はしそうなものをタダで読めるんだから感謝しなさいよー。感謝しついでに寄付でもしてきなさい寄付でもね。1人10万でいいよー」
とうとう料金が発生するに至った。
これにはさすがの市民たちも怒り、
「何が寄付だ!いい加減にしろ!」
「もーう我慢できない!」
「独裁者、みんなで倒せば恐くない!」
「恐くない!おらーっ!」
再び果敢にもボコへ挑みかかったが、
「自足100キロキック!」
ボコは時速100キロのエネルギーを出す高速脚をあろうことか市民の1人に叩きこんだではないか。
「ドカドカドカドカドカドカドカドカ!」
「ごはぁ!ごはぁ!ごはあああーーっ!」
その莫大な力で胸部に連続キックを叩きこまれた市民はひとたまりもなく、
「ぐわああああーっ!」
壮絶な爆死を遂げたが、
「ボコ流・爆死者蘇生!」
ボコは高速で動き回ると、
どういう原理かは不明だが爆死したはずの市民はめでたく息を吹き返した。
「さーみんな。これでボコの凄さが分かったはず。10万、いやいや20万の寄付をしてくれないかなーっ」
ボコに生殺与奪を握られていることを思い知らされた市民たちは、もはや従うほかなかった。
「ボコボコボコ!今日もこんなに儲かったぞーっ!いやー、市民の皆さんはいっぱい寄付してくれて親切だなーっ!」
自分で恐喝まがいの事をしているとは全く考えず、ボコは多額の寄付金を手にいやらしくニマニマしていた。
「この調子でみんなにもっともっと寄付してもらって、ボコの王国を作るぞーっ!そしてこの世界を支配したりなんかしちゃうぞーっ!」
なんかしたりでは済まない恐ろしい発想を思い付いたボコは世界征服の野望に取り憑かれ、
「自足100キロキック!」
あろうことか、政府の要人にその力を示した……
つもりだったが、
「何だお前は!?」
「ボコボコ図書館の館長の、ボコです!」
「ボコボコ図書館?聞いたことないなぁ」
「まぁ、これから嫌でも聞くことになるであろうです。なんたってこの世界はボコちゃんが支配しちゃったりなんかするんだもんね!」
「その、自足100キロキックとやらでかね?」
「そーそー。自足100キロキックの直撃を受けたらどんな人間も爆死確定。ボコちゃんはこの力で政府の要人たちを脅し、世界をボコ王国……いや、ボコ女王国にしちゃうのだ!」
「はっはっは。それは甘い考えだなぁ。甘い甘い。君はお砂糖より甘いぞ」
「えっ、どうして?」
「何故なら……我が国の政府は皆、自足200キロキックを放てるからだ!」
言うや否や、要人たちはボコを包囲し、
「自足200キロキック!」
ドカドカと一斉に驚異の高速脚を叩きこんだ。
「ぐわーっ!」
その直撃を受けたボコは耐えきれず爆死し、
「これで、世界に平和が訪れた!わっはっは」
その通りかと思われたが、
ボコの脅威はこんなものではなかった。
爆発四散したはずのボコはいつの間にか再生復活を果たし、
「これでボコの最高時速は200キロ……あいつらと同じだ……今度は負けない……」
再び要人たちの前へ姿を現したではないか。
「生きていたのか、時速100キロ女!」
「ふっふっふ。もう時速200キロ女だもんね。いざ、勝負!」
要人の1人と向き合い、
「自足200キロキック!」
同等な力を持つ高速脚を打ち合った。
「ドカドカドカドカドカドカ!」
「ドカドカドカドカドカドカ!」
互角の勝負に果てはないかと思われたが、
「政府の要人なめんなよ!」
さすがに自足200キロキックを使い慣れている要人の方が1枚上手であり、
「もらったああっ!」
僅かな秒単位の差で放たれた一蹴りがボコの腹部を捉え、
「うわーっ!」
弾き飛ばされたボコが壁に叩きつけられるより早く、
「自足200キロキック!」
他の要人が放った高速脚がボコの身体を直撃し、
「ぐわーっ!」
激しい大爆発が起こった。
「やったか!?」
勝利を確信しかけた要人たちだったが、
「ふっふっふ……」
煙の中からこの世のものとは思えない不気味な笑いが響き渡ったではないか。
「愚かな要人たちめ。ボコの足は倒されれば倒されるほど早くなってゆく。これでボコの最高時速は300キロ。もはやお前たち要人どもより早いのだあ!」
その言葉と共に煙の中からボコが姿を現し、
「自足300キロキック!」
要人たちに向けてその脅威を見舞った。
「くッ、200に200を合わせたら400。誰か力を貸せ!」
「おう!」
ボコの的となった要人は仲間の1人に協力を求めると、
「合体!200+200=400キロキック!」
両者の足を重ね合わせて400キロを目指したが、
「甘い!重ね合わせたところで別々の足である限り、どこまでも200と200。自足300キロキックの敵ではないわぁ!とりゃああああああーーーーーーっ!」
ボコの言う通りであった。
200+200=400キロキックと300キロキックがぶつかり合うと300キロキックが2人の200キロキックを突き上げ、
「減速!お前らでも使える自足200キロキーック!」
ボコは弾き飛ばされた要人の体に自足200キロキックをお見舞いした。
「ぐわーっ!要人死すとも、我が国は不滅なりーっ!」
こうしてボコに敗れ爆死した要人は爆死者蘇生で復活こそしたものの、
「今日から我が国はボコボコ図書館国!ボコボコ図書館国でーす。国民の皆さんは、名誉あるボコボコ図書館国国民として1日10冊ボコボコ図書館の本を借りること。9冊以内しか借りない人は全員自足300キロキックで死刑にしちゃいまーす。なお、この死刑に爆死者蘇生はありませんのでご注意くださーい!」
完全にボコの支配下に置かれた独裁国家となってしまった。
だが困ったことに、国民1人につき10冊としたとき、圧倒的に本の数が足りないのである。
「我が国で一番お偉いボコ様!私の店の本を全て寄付いたします!」
「我が国で一番お偉いボコ様!私の図書館の本を全て寄付いたします!」
他の図書館や書店の関係者らが国民を守るためやむなく寄付に走ったが、
「おおーみんな親切だなぁ。どうもでーす。みんなのお陰でこれだけ図書が集まったから、1人1日10冊から100冊に変更にしまーす!」
「えーっ!?」
かえって逆効果であった。
本当に大変なのはここからである。
「離せ!その日記は俺の100冊目!俺の明日がかかっているんだ!」
「俺の方こそ人生がかかってるんだ!そう簡単に譲ってなるものか!生き残るのは俺だあっ!」
国民たちは明日をかけて壮絶な図書館本争奪戦を始めた。
やがて蹴り合い殴り合いが当たり前になり、
過酷な生存競争の中で力なき者たちは次々と病院送りとなったが、
「わぁ、みんなそこまでして取り合うなんてそんなにボコの図書館が好きなんだ。感動的だなー」
ボコは自分が元凶とも思わず呑気に感動していた。
「ああ、もうダメだ。本を借りれなかった者に未来はない。どうせもうすぐあのボコが自足何とかキックで俺を蹴り殺しに来るんだろう……」
病院送りになったものは皆、ベッドの上で処刑を覚悟して諦めムードになっていたが、
「いや~感動。実に感動」
ボコは感動のあまり処刑のことなどコロッと忘れていたのだった。
「この感動を、本にしよう」
ボコは権力にものを言わせて自身の本を出版させると、
「『ボコボコ図書館へようこそ』著者のボコ先生です!この大先生が書いた著書は本100冊に余裕で値しちゃうので、1日100冊の代わりにこれ1冊でもいいですよー。ボコボコ図書館での所蔵数は50冊!さて運のいい50人は誰かなー?」
新たな制度を設けた。
生き残りを賭けた国民たちはそれを聞くと更に激しい争奪戦を繰り広げ、
「いいぞーっ!そこでパンチだーっ!キックだーっ!頑張れ国民の皆さーん!いやー嬉しいなぁ。みんなそんなにボコ先生の本が好きだなんてねー。こうなったら待望の2冊目、行ってみようかぁ!」
ボコは喜んで2冊目を執筆した。
「待望の2巻、『ボコボコ図書館へおいでやす』どえーす!」
内容は1冊目の「ようこそ」を関西弁に書き替えただけなのだが、国民にとっては内容などお飾りと化している現状、100冊分にカウントされる本がもう50冊増えたことこそが重要なのである。
「俺の明日!もらったああああっ!」
「最後の1冊!おい離せ、俺が先に触れたんだぞ!」
「いや俺だ!俺の方が0、1ミリ早かった!」
「証拠はあんのか証拠は!」
「ない!だがよこせ!」
国民たちの争奪戦は激化の道を辿り、
「国民のみんながボコの本を巡って争う姿は美しい!こうなったら今度はこの美しさを本にしようかな!」
ボコは3冊目の著書・「ボコの本を愛するたくましき男たち」を出版した。
すると当然のように争奪戦も激化し、
ボコはますます感動して4冊目の著書・「ボコ様感涙の図書館大争奪戦」を出版し、
争奪戦は更に激しくなり5冊目の著書・「ボコの本を巡って君も血を流そう」が出版され……を延々と繰り返した。
「祝・50冊目!『ボコちゃん様の魅力大全集』!これぞボコちゃんシリーズの決定版であっちゃったりなんかするーっ!これは特別の中の特別だから、1冊で200冊分、つまり2日分に値しちゃうよーっ!さあどんどん借りちゃおうねーっ!」
これもまた国民の間で大きな話題を呼んだが、
「あ、これは佐々木さん。どうぞお先に」
「いえ、堀さんの方が早かったですよ。お先にどうぞ」
「そうですか。じゃ、どうもお言葉に甘えて……」
50冊目でとうとう国民全員が生存を賭けた奪い合いをする必要のない本数に達し、市民たちは一転して穏便な話し合いで本を譲り合うまでに至ったのである。
何とも喜ばしいことであるはずなのだが、
「グワーッ!なに穏便に譲り合ったりなんかしてんだーっ!」
ボコは久々に憤怒して怒鳴り散らかした。
「その本はボコ様の、ボコ大先生の記念すべき50冊目だぞーっ!それを穏便に譲り合うほどどうでもいいものとして扱うなんて許さーん!他人を蹴落としてでも何としてでも借りたいレベルのものだろうがーっ!」
それを聞いた市民たちは仕方なく奪い合いを始めたが、
「こらぁ、俺のもんです。佐々木さんには渡さないぞお……」
「いやいや私のもんでして。堀さんには渡したくないんだなこれが……」
生存が賭かっていない現状、明らかに演技でやっているやる気のない奪い合いとなってしまった。
「グワーッ!なんだなんだなんだなんだなんだその明らかに見え透いたやる気のなさは!本気で奪い合わないんなら今すぐ自足300キロキックの刑だぞーっ!」
そう言われては仕方なく、
「こらぁ俺のもんだぞ佐々木!」
「私のもんだって言ってんだろうが堀!よこせ!」
市民たちは再び殴り合いの争奪戦を再開した。
「グワーッハッハッハ。これこそ国民の皆さんのあるべき姿。ボコボコ図書館国のあるべき姿である!」
満足げに笑うボコだったが、
「そこまでだボコ!これ以上、この世界をお前の好きにはさせない!」
透き通った声で颯爽と現れたのは金の仮面に銀のスーツを纏った謎の戦士である。
「誰だ!?」
「名もなきスーパーヒーロー……と名乗ってしまってはそれが名前になってしまい、名もなきが嘘になってしまうので難しいな。私の名は……私の名は……」
「まぁ名前なんてなくても大丈夫。どうせボコにやられて塵と化す運命なんだからね。塵さん、覚悟!自足300キロキック!」
ボコは自分の名前に悩んでいる謎の戦士へ自慢の高速蹴りを放ったが、
「300キロエネルギーシールド!」
自分の名前に悩んでいる謎の戦士は巨大な盾を取り出して受け止め、それを無効にした。
「なに!?」
「ちなみに100000キロエネルギーシールドまである」
「そんなにあるのか……じゃあボコがそのシールドを破るには、あと何回やられて蘇ってを繰り返せばいいんだ……?」
「うーん、あと97回かな?」
「そんなにやられてたまるかーっ!」
ボコは怒りに任せて殴りかかったが、
「そんなにやられなさい」
自分の名前に悩んでいる謎の戦士はその拳をヒラリとかわすとボコの頭部に軽やかなチョップを見舞った。
「そんなにやられた……」
ボコが自分の敗北を認めながらへなへなと崩れ落ちて意識を失うと、
「ボコよ。思えばお前も哀れな主婦。誰にも理解されず誰にも愛されず、権力で支配することでしか他者と交われないのだからな……お前が生きれる場所は、もはや私の作る空想世界しかあるまい」
自分の名前に悩んでいる謎の戦士は倒れているボコの頭上に怪しげなワープトンネルを出現させると、
「ほれっ!」
ボコを掴んでその中へ放り投げた。
「あ~れ~」
ボコは意識を失いながらも律義に悲鳴を上げ……
気が付くと、そこはいつも通りのボコボコ図書館だった。
「おや?ボコは確か、あの名無しのヒーローもどきにやられてどこかへ飛ばされたような……」
あの一瞬の戦いが嘘だったかのように図書館の中は平和である。
「なーんだ夢オチかぁ!それならそれで平和で良いね。はははは……」
ボコは自身の後頭部にくっきりと残された謎のヒーローマークに気付かずに図書館の本を読み始めた。
「我ながら、ボコの本は実に素晴らしいなぁ。こんな素晴らしいものを穏便に譲り合うなんて国民どもはどういう神経してるんだまったく」
ボコがぼやくと、
「偉大なるボコ大先生の御本はすべて俺のもんだ!よこせ!」
「何を言うか俺のもんに決まってんだろ!ボコ大先生は俺のすべてなんだよ!」
すぐ近くでボコの本を巡って筋肉質で屈強そうな男たちによる壮絶な殴り合いが行われていた。
「そうそう、これだよこれ!こんな風に殴り合ってもらわなくちゃねぇ。図書館本といえどもボコ先生の本はそれだけ高価なものなんだからさー」
ボコが満足げに観戦していると、
「ボコ様の出版された御本はすべて私のものだよ!」
「いーや、あたいのもんさ!ボコ様はあたいの人生!」
「離さんか若いの。ボコ様の本はワシのもんじゃあ~」
「老いぼれこそ離さんかでしゅ。ボコ様の本はボクが借りるでしゅ~」
老若男女を問わず、なんと言葉を覚えたての赤ん坊までがこの戦に参加しているではないか。
「おーっ、これぞ夢の光景!ボコちゃんの求めてた理想の世界であーる!」
ボコは大いに喜び、
「はっはっはっは!わーっはっはっは。ボコボコボコボコ……」
大きな高笑いを上げた。
現実世界でそんな別世界の様子を見ていた自分の名前に悩んでいる謎の戦士は満足げに頷き、
「私が作ったその空間では、国民は皆、お前の本を愛している。その中でやっていくといい。……ところで、俺の名前どうしようかな。名前をおくれぇ……ってことで、名前ゾンビ……じゃヒーローとして締まらないし、どうしたもんかなぁ」
自分の名を求めていずこへと去っていくのだった。