つぶやき~アンという名の少女~

私は最近『アンという名の少女』という『赤毛のアン』のドラマに夢中だ

世界観がとても好きで
私もあの世界に入って一緒に生活していきたいほどだ
赤毛のアンに出てくるティーポットやティーカップ、花瓶のお花や
お茶の時間
どれもこれも私の憧れる世界でいっぱい

『マリラお茶を入れて、お茶の時間にしなきゃ』

そんなその時代の何気ない一言もオシャレでつい言いたくなっちゃう

アンは、大人のお茶会に憧れている
その気持ちもこの時代背景を見れば、すごくわかる
アンは劇中でダイアナを家に招き入れてお茶会をするシーンがある
『ようこそいらっしゃいました』
『帽子とコートをお預かりしましょう』
『ご家族はお元気ですか?』
『ええ、おかげさまで』
そんな大人な会話をわざとしているところも
微笑ましく、そしてわかるという気持ちでいっぱいになった

私も大人のこうゆうふるまいに憧れて
こんなふうに遊んだことが何回もある
とてもよくわかる
こうゆうオシャレなお茶会に憧れるよね

そしてアンの中にはこの時代だからこその差別があったり
”女性には教育は必要ない”
”女性は良き妻になることが良いこと”
という風習があった

そして、”教育は二の次、子供でもまず働くこと”という時代だった

現代だったら
こうゆう風習は耐えられないけど
私はこの時代ならではのこうゆう風習はドラマ的に好きだ

不朽の名作をドラマ化『アンという名の少女』予告編

私は”アン・シャーリー”を演じているこの女の子が好きだ
この少女は赤毛でそばかすがあって、アンにそっくりで
まさにアンに適役だと思う

“アンという名の少女”の内容は
複雑でおもしろい
女の子の日のこと
生徒と教師の禁断の恋のこと
学生ならではの噂やいざこざのこと
訃報のこと
借金のこと

小学生からお年寄りまで
万年に読まれる作品なのに内容が複雑でシビア
そしてアンの生きた時代の時代背景を描いている

そして
アンの空想も大好きだった

”空想の余地がある”

これはアンのもはや合言葉と言えよう

アンが空想の中で
女王コーデリアになっている時
私も自分が空想に浸っていた時のことを思い出す
レースを被って、コーデリアになり切っているアン
空想にふけって、清楚に歩いてみせたり、窓の外を眺めたり
私の自分が空想にふけっていた時のことを思い出す
自分の世界に入り切っていると
夢のオーラをまとっているものだ

そして
感動した心や、謝罪の気持ちを膨らませて話しているところも
とてもよくわかる
膨らませて話して、寛大なとか、壮麗なとかの言葉を使いたくなるところもよくわかる

私もよく昔空想とかしていた
空想の中では大家族がいたし、ルカリオもいた(笑)
いや、今でも空想してるか(笑)
今は5人グループでかの有名な国民的アイドルみたいに国立競技場でコンサート開いている
そしてバライティー番組でワーワーキャッキャッ笑いながらしゃっべっている

あとこれはまだ別の空想なんだけど
私は空想の中では魔法が使える
炎を操る魔法

そう、それが今の小説『フレア~誰も知らない世界~』なのだ

空想がそのまま作品になることがあるのだ

そして、アンとマリラが大人と子供のなかでかみ合っていないところもとてもいい
私はこの年になって初めてアンを見て
大人側の気持ちがわかった

たしかに
大人にとって子供の空想を聞いているのって
うっとおしいものだよね(笑)

アンにとって
コーデリアのいる空想の世界は本当にある世界だし
マリラにとっては
例えば、
アンが空想にふけっていたせいで、パイを焦がしてしまった時も
アンは
時間は気にしていたつもりだったけど、空想が降りてきてしまって、想像せずにはいられなかった
と主張するのに対し、
マリラは
あれほどパイを焦がすなと言ったのにぼーっとしていて焦がしてしまって
アンのコーデリアの話はもはや言い訳にも聞こえる

子供にとっては空想の話は重要な話なのだが、
大人にとっては言い訳か知らないどうでもいい話に聞こえてしまうのである

そういった子供と大人の嚙み合っていない会話も
見ていて微笑ましいものである

そんな
親子、学校、親友、グリーンゲイブルズの
アンの人生を描いた作品

自然豊かで、どこか懐かしいこの世界に
一緒に入ってみませんか?

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❀沙彩❀

絵を描くこと 動物 小説を書くこと 和太鼓 三味線 琴 獅子舞 水泳 けん玉 子供とふれあうこと 大好き❀沙彩❀です
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